第1話 新しい年にあたって、義烈空挺隊を追憶する。への応援コメント
義烈空挺隊のことを書いていただきありがとうございます。私は今マルレのことを書いています。畳1畳分のベニヤ板に爆雷を積んで特攻に行ったマルレの悲劇と、8月6日広島に原爆が投下されたあと、いち早く救助活動に向かい原爆症となり、原爆症に苦しみまた差別と戦った彼ら。特攻と原爆と二度も戦いを余儀なくされたこと、あまりにも日本人が知らないことに憤りを感じます。私が書くのもおこがましいのですが、ひとりでも多くの日本人に知って欲しいと思っています。
作者からの返信
お読み頂き感謝です。いずれにせよ、こうした事実をNHKすらまともに伝えようとしていない事に憤りを感じています。半国営会社の分際で、殆ど空想活劇と化している大河ドラマを作るお金があったら、こういう話をドキュメンタリーにして放映すべきでしょう。受信料よこせとかおこがましいです。
第1話 新しい年にあたって、義烈空挺隊を追憶する。への応援コメント
沖縄は今でこそ楽園ですが長い間、そこに住む人々は報われなかったんですねぇ。
こんなに大変な訓練や行動が、もっと別の方向に向かえば、たくさんの人が笑えるようになっていたでしょうに。
作者からの返信
お読み頂き感謝です。時代が時代ですからね。やむを得ない状況だったのだと思います。今の陸上自衛隊にも義烈空挺隊の意思は引き継がれており、空挺隊基地にはその碑があります。その中でも第一空挺師団は陸自最強の精鋭であり、3階から飛び降りても平気なのだとか…。
ともあれ、勇敢な勇士達に敬礼!です。
第1話 新しい年にあたって、義烈空挺隊を追憶する。への応援コメント
個人的には
この手の内容は、視点が変わると論点がズレたりと必ず議論になってしまうものですので、
コメントとして残す事に全く抵抗がないわけでは無いことを念頭において書かせて頂きます。
興味深く読ませていただきました。
義烈空挺隊については、読谷飛行場の戦果については、日本側資料と米軍側資料で少し数字が違うという話も読んだことがあります。
史料によっても戦果の数字に違いがあるというのも聞いたことがありますし、
それも含めて戦史の難しさだなと思います。
ただ、
当時の人がどんな思いでどう行動したかは、
その後の結果がどうであっても
今の私たちがあることに関しては
ただただ、感謝と敬意を表すのみです(-人-)
作者からの返信
お読み頂き感謝です。このお話での数字は米軍側の記録によるもので、彼らは実際の戦闘の跡を検証出来たでしょうから、事実と大きく異なってはいないと思います。
ただ、回天特攻戦の様に、現場指揮官が実際に見て確認した情報と米側記録が大きく食い違うケースもある為、全て真実を公開しているという訳でもないのかも知れません。
奥山大佐(戦死後2階級特進)以下、義烈空挺隊の勇士の皆さまに敬礼!