崩壊神話の流れ星

@taida24342

崩壊

 年の瀬、夜の東京は、活気に満ちていた。誰もが明日来る2026年に希望を抱き、2025年に思いを馳せる。


 俺も、その一人だった。駅前の電柱に寄り掛かり、少し悴んできた右手で、スマホを触る。特に興味もないネットニュースを見ながら2025年を振り返る。


 高校を卒業し、都内の大学への進学を気に上京。


 慣れないことだらけで大変だったけど、なんとか、今日までやってきた。


 年内の講義は6日前に終わり、バイトも今日が年内最終日。

 やることを全て終えた俺は、明日実家に帰省する。


 親父がいる神社へ顔を出し、気まずい妹と挨拶だけを交わし、継母がつくってくれたご飯を食べ、地元の友達と、どこかへ遊びに行く。

 年始は、そんなもんになるだろう。


 こんな事を考えている内に電車が来たようだ。

 俺は電柱に寄り掛かるのをやめて、歩き出す。

 明日は実家に帰る。その事に少し胸を踊らせて。

 その時だった。


「――え」


 情けない声が、聞こえた。

 俺が言ったのか、それとも別の誰かが言ったのかよく分からなかった。


 いや、今はそんな事どうでもいい。


 だって、空が爆ぜたのだから。


 途轍もない轟音が世界に鳴り響く。

 鼓膜が揺れ、脳が振動する感覚。

 時間にして2秒程、たった2秒だけなのに、これまでの人生よりも長く感じた。


 音が止み、空を見上げる。


「意味、分かんねぇよ…


 思わず声が出た。


 赤色、黄色、青色と光が段々変化しながら揺れ動いていた。


『オーロラ』


 知識としては、知っている。

 主に、高緯度の場所、オーロラベルトと呼ばれる地域でみられる光の束。それが、何故か日本の上空に浮かんでいた。

 淡い発色ではなく、はっきりと、自分はここにいると俺たちに伝えるようなぐらい鮮やかに。


 その鮮やかな色に、こう思ってしまった。

 

 ―――綺麗


 と。

 その直後だった。オーロラの至る所から、点々とした光が見えた。それは、次第に大きくなり、ここに近づいてくる。


 隕石、流れ星という言葉が、頭の中を埋め尽くす。


 逃げなきゃ、そう思った時にはもう遅かった。

 地球が揺れた。

 大きく、大きく、今まで経験したことのない大きな揺れ。

 まるで俺達を逃がさないような、そんな想像をさせる大揺れだった。


 歩けない、走れない、立てない。


 この揺れの影響により、周りの建物が崩れる。

 高層ビルは根本から折れ、目の前にあった駅は屋上から押し込まれたかのように潰れる。

 目の前にいた大勢の人間が死んだ。叫び声、助けてくれと言う前に潰れた、声にならない音。落ちてきた天井に下半身を潰され、声にならない声を必死に出す音。


 全て、目の前で起きた。


 瓦礫が落ちてくる。

 俺の、すぐ横にいた人間が消える。とても、人間から出せないような鈍い音と共に。


 恐怖が、遅れてやってくる。


 死ぬ恐怖、潰される恐怖、揺れる恐怖、隕石が落ちてくる恐怖。

 俺を、恐怖が支配する。


 死にたくない、死にたくない。家族に会いたい。友達に会いたい。

 恐怖により、簡単な言葉しか頭に出てこない。


 その時、揺れが止んだ。


 生き残った人間は逃げようと、必死に走り出す。俺も、例に漏れず走りだそうとした。

 しかし、遅かった。走ろうとした瞬間、俺目掛けて瓦礫が落ちてくる。


 避けられない。言葉にできない感情が溢れ出る。


『死』


 覚悟すら、許してくれなかった。


 重い音が辺りに響く。


 死んだ。そう思った。

 けど、死ななかった。なんの奇跡か、落ちてきた瓦礫は俺に当たる前に、横に合った瓦礫とぶつかり、俺と瓦礫の間に隙間ができる。


 しかし、その隙間の中で俺は動くことが出来なかった。

 足がやられた。瓦礫と瓦礫の間に挟まってしまった。痛い。凄く痛い。骨と肉が潰れたのだ。痛くないわけがない。叫べなく、顔を顰めることしかできない痛み。


 横ばいになったまま動けない。すぐ目の前に進めば助かるのに、進めない。


 生き地獄。


 先ほどまでとは違う恐怖が俺を襲う。


 このまま衰弱して死ぬという考えが浮かぶ。

 最悪の死にざま。誰もいない所で、一人醜く果てる。絶対に嫌だ。


 その時、ドスンとした音が地面から響いた。

 段々と、あたりから似たような音が聞こえてくる。


 目の前には、謎の青白い光を放つ鉱物。

 隕石。

 遂に落ちてきてしまった。


 本格的に助からないだろう。


 隕石から発せられる光を浴びた時、妙な感覚が体を覆った。


 熱い。初めにこう思った。次に、苦しい。最後に、死にたいと思った。


 血管の中、筋肉の筋の隙間、骨と骨の間に、鉛の様な熱いドロドロした液体が入れられて固まっていく感覚。

 脳みそが内側から拡張され、その空間に何かを押し込まれている感覚。

 実際にされたら、意識を失うような苦しみ。

 しかし、俺の意識ははっきりと、鮮明にある。苦しみを感じれば感じるほど意識が覚醒していく。


 この感覚がどこから来ているのかは、明白だ。


 目の前で、光を放っている鉱物。これ以外ありえない。

 光は段々と強くなっている。その度に、俺の中に何かが入り込んでくる。


「…っ。は、ぁ」


 あまりの苦しみに肺から息が漏れる。

 意識を失いたい、死にたいと思っても、逆に意識ははっきりとしてくる。まるで、この先に起きる事をはっきりと目に焼き付けておけと言うように。


 周りからは、まだ崩壊の音が続いている。人の叫び声が聞こえては消え、聞こえては消える。ずっと、同じ状況が続いている。皆死ぬ。


 そう、思った時だった。


『オマエ、タスカリタイカ』


 頭の中に、音が響く。あまりにも拙く、聞き取りずらい片言の日本語。しかし、確実に俺に話しかけている。話しかけられたと同時に、体の痛みが消えた。


「お前は…何なんだ!?」


 痛みが消えたとは言え、今の俺は、瓦礫と瓦礫の間に挟まれている。声を出すのは苦しいが、出さないわけにはいかない。


『タスカりたいか。そう、聞いてイル。答えロ』


 少しずつ、きちんとした日本語になっていく。

 しかし、会話をする気はないらしい。だから、俺は率直に答える。


「助かりたい!!」


 残っている力を振り絞り声を出す。


『そうカ、なら、受け入れロ。コレかラ起きることを』


 直後、消えていた痛みが再発する。


『受け入れろ。感覚ヲ。覚えろ。こノ言葉ヲ』


 ―世界ワドポルカめたオルカ薔薇ログゼシャグレットきは、ミアシャグレットきのオリア平伏カグルアロィッテすだろう。


 ―薔薇ログゼサクア万物ピグアグアく。


 ―薔薇ログゼコレアれ。


『アルキモス神話の、チカラ。お前ハ、【ロギアグラッセ】、薔薇ノ神の、眷ゾク。チカラを上手く使え。助かりたければ、発しろ。コノコトバヲ。ノミコマレルナ、コノコトバニ』


 音は、謎の言葉を残し、話すのを止めた。

 気づけば、再発した痛みは消え、隕石が光を放つのをやめた。


 何なんだ。本当に現実なのかよ。薔薇の神の眷属とか、良く分からないぞ。それに、あの言葉の羅列、意味を知らないはずなのに、分かってしまった。俺の心に刻まれてしまった。


 ―助かりたければ、発しろ。この言葉を、吞み込まれるな、この言葉に。


 この言葉の意味は、良く分からない。

 本当に口にしていいのかすらも、分からない。けど、言うしかない。

 この現状から、助かるために。


 覚悟を決める。


世界ワドポルカめたオルカ薔薇ログゼシャグレットきは、ミアシャグレットきのオリア平伏カグルアロィッテすだろう。」


 視界が、緑になった。俺の手から棘が生えた根の様な植物が生え、瓦礫を持ち上げる。瓦礫はいとも簡単に持ち上がり、狭い隙間が無くなり、開放的な空間に代わる。


 潰れていた足が何故か元通りになる。


 俺は、体を仰向きにし、空を見上げる。

 薄い光がゆらゆらと色を変えながら、そこには存在していた。

 夢じゃなかった。今起きた事は現実だった。その事実に気を落とす。


 地元にいる家族や友達。大学やバイト先で新たに知り合った人々が頭の中に浮かぶ。

 また会いたい人達が、まだこの世界に存在しているのか、心配になる。寝転がっている俺の周りには生存者はいない。だから、もしかしたら、と嫌な考えが浮かんでしまう。


 何かしてあげたい、確かめたい。そう思う。けど、俺には何も出来ない、祈ることしかできない。


 信じるしかない。

 また会えると思うしかない。

 生き残っていると祈るしかない。


 こんなことしかできない俺は、立ち上がり、辺りを見渡す。

 目の前にあった駅は潰れ、高層ビル群は根本から折れていたり、ガラスが割れ、オフィスが剝き出しになっている。生きている人間は、いない。ただの一人も。


 東京の駅前は、まさに瓦礫の海。見渡す限り瓦礫の、灰色の海に覆われている。


 俺は、その海に足を付け、歩き出す。


 まだ、生きている人間を探す為に進む。

 この崩壊した世界を1人では生き残れない。

 だから、探す。生き残りを、俺と同じ力を使える人間を…。


 目指すは、新宿方面。距離にして約9キロ進む。

 歩くにしては遠い。だけど、歩くしかない。例え人がいなくても、可能性を信じて進むしかない。


 この瓦礫に覆われた東京という壊れた世界を


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