第8話 唐突!サキュバスとデート?!
その日は、珍しく家が静かだった。
霊界案内人のレイナは「今日は向こうの都合で忙しい」と姿を消し、
セラフィナは森の知人(本当にいるのかは怪しい)に会いに行き、
エイルは回復と称して一日中どこかに籠もり、
カナデはリモート会議だとかで外出。
渚澪に至っては「今日は現実世界に戻る日」と意味不明な言葉を残して帰った。
結果。
シェアハウスに残されたのは、俺と――サキュバスのルシア、二人だけだった。
「……暇ね」
ソファに寝転び、天井を見つめながらルシアが呟く。
尻尾が所在なさげに揺れている。
「そうだな」
それ以上、言葉が続かない。
二人きりという状況自体が珍しすぎて、どう振る舞えばいいのかわからなかった。
しばらくの沈黙の後、ルシアが突然、上体を起こした。
「ねえ」
「なんだ?」
「外、行かない?」
「外?」
「そう。ここにいても退屈だし……あなた、暇でしょ?」
否定できなかった。
というより、断る理由も思いつかなかった。
「別にいいけど……」
その返事を聞いた瞬間、ルシアの表情がぱっと明るくなる。
「決まりね!」
――そして俺は、この時まだ知らなかった。
彼女が“人間界の街”に出るのが、これが初めてだということを。
*
「なにこれ! すごい!」
商店街に足を踏み入れた瞬間、ルシアは完全に別人――いや、別サキュバスになった。
「光ってる看板! 動いてる映像! ねえねえ、あれ全部魔法じゃないの!?」
「違う、全部文明だ」
「文明すごすぎない?」
コンビニ、ガチャガチャ、自動販売機。
見るものすべてに立ち止まり、いちいち感動する。
「ちょ、ちょっと待て、そんなに騒ぐと――」
「わああ! これ、押したら飲み物出てきた!」
「だから待てって!」
周囲の視線が、じわじわと集まり始める。
好奇の目、訝しむ目、そして明確な「変な人を見る目」。
ルシアはそれに気づかない。
気づかないまま、楽しそうに笑っていた。
――しばらくして。
「……ねえ」
ふと、ルシアの声が少し落ち着いた。
「さっきから、みんな……私のこと、見てない?」
「……まあ、見てるな」
彼女はようやく周囲を見回し、状況を理解したらしい。
尻尾が、しゅんと下がる。
「……やりすぎた?」
「正直に言うと、少しな」
「そっか……」
ルシアは小さく息を吐いた。
「人間界って、楽しいけど……目立つと、居心地悪いのね」
「まあ、そういうもんだ」
その後、彼女は少し大人しくなった。
歩幅を合わせ、声のトーンを落とし、必要以上に騒がなくなる。
気づけば、ただ隣を歩く“普通のデート”のような空気になっていた。
*
「……ねえ」
ベンチに並んで座り、缶コーヒーを飲みながら、ルシアがぽつりと言う。
「私がここに来た理由、まだちゃんと話してなかったわね」
「後で話すって言ってたな」
「うん。でも……」
彼女は視線を前に向けたまま、静かに続けた。
「最初は、あなたの“性気”が目的だった。
でもね、それだけじゃなかったの」
「どういう意味?」
「あなたの周り、変なのが集まりすぎなのよ」
少しだけ、困ったように笑う。
「霊、魔力、異世界、結界……普通の人間じゃ、ありえない」
「褒めてないよな?」
「ええ、全然」
それでも。
「でも……悪くないわ」
そう言った彼女の横顔は、サキュバスとしての艶やかさよりも、どこか“人間らしさ”を帯びていた。
「ここにいると、吸わなくても……落ち着くの」
「それは……良かったのか?」
「ええ。不思議だけどね」
沈黙が流れる。
気まずさではなく、心地いい沈黙。
ふと、ルシアがこちらを見る。
「今日は……楽しかったわ」
「それなら何よりだ」
「次は……もっと上手く、人間界を歩ける気がする」
夕暮れの中、彼女は小さく笑った。
――この日、
サキュバスと過ごしたのは“健全”で、
そして確かに、“デート”だった。
危険も、誘惑も、バトルもない。
ただ、二人で並んで歩いただけの時間。
だが、それが――
この奇妙なシェアハウスの日常を、少しだけ変えた気がした。
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