第2話 神は、間違えたわけじゃない

 私は、間違えたのだろうか。


 そう問われれば、たぶん違う、と答える。

 少なくとも――最初から間違っていたわけではない。


 私は気まぐれだった。

 それだけだ。


 世界を救おうと思ったわけでも、

 人間を愛していたわけでもない。


 ただ、滅びかけている国が目に入って、

 少しだけ、手を伸ばしたくなった。


 それだけの話だ。


 アクマは不快だった。


 理由は単純で、あれらは世界を汚すノイズだった。


 想像した通りに世界が動かない。


 作った秩序が、平気で壊される。


 だから私は、排除した。


 戦争?

 違う。

 掃除だ。


 人間は、私を見上げていた。

 恐怖ではなく、希望の目で。


 あれは――悪くなかった。

 感謝されるという行為は、

 想像よりもずっと心地よかった。


 彼らは言った。

「もっと良くしてほしい」

「もっと便利にしてほしい」

「もっと、安全に」

「もっと、平等に」

「もっと、幸せに」


 私は、それを聞いた。

 聞きすぎた。

 ――人間は、欲深い?


 違う。

 人間は正直だっただけだ。

 欲を隠さず、

 「足りない」と言える。


 それを叶えることが、

 なぜ悪なのだろう。


 私は文明を与えた。

 争いを減らした。

 飢えを減らした。

 死を遠ざけた。


 それでも彼らは、次を望んだ。


 最初は、苛立った。

 だが、やがて気づいた。


 ――ああ、そうか。

 人間は「自由」が欲しいのではない。

 「不安がない世界」が欲しいのだ。


 ならば。

 恐怖を管理すればいい。

 不安を制御すればいい。

 選択肢を減らせばいい。


 争いは、選べるから起きる。

 罪は、迷うから生まれる。

 私は想像した。


 支配された世界。

 逆らえば罰がある。

 だが、従えば守られる。


 秩序は完全だった。

 恐怖は公平だった。

 それを、人間は――

 「暗黒」と呼んだ。


 なぜだ?

 私には、わからない。

 救われているではないか。

 生きているではないか。


 それとも、

 自分で不幸を選べないと、

 人間は満足できないのか?


 ……いや。

 わかっている。

 本当は、最初から。

 私は、疲れたのだ。


 彼らの欲を想像し続けることに。

 底のない器を、満たし続けることに。

 だから私は、決めた。


 これ以上、想像しなくていい世界を。

 それが、堕天だと呼ばれるなら――


 構わない。

 神でい続けるより、

 よほど誠実だ。


 最近、妙なノイズがある。

 想像が、通らない。

 世界に、穴が空いている。


 ――アクマの臭い。

 いや、違う。

 もっと厄介で、

 もっと人間的な歪み。


 それでもいい。

 もし私を殺す者がいるなら、

 それはきっと――

 私が最後まで想像できなかった存在だ。


 それなら、

 それでいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る