第7話熱の共鳴
視界がぐにゃりと歪んだ。右手の焼け跡から溢れ出す熱が周囲の冷たい蒸気とぶつかり合い、見たこともない陽炎を作り出している。
(…あつい、やだ、消えて…っ!)
ノヴァは右手を胸元に抱え込み、逃げるように路地裏へと飛び込んだ。誰かに見られれば、その瞬間に「エラー」として通報される。心臓の鼓動が、耳の奥で警鐘のように鳴り響いていた。
その時、路地の突き当たりで、壊れた蒸気ランプを地面に叩きつけようとしている老人がいた。
「クソ、どこが詰まっているんだ。これじゃあ今夜の仕事ができん。」
苛立つ声にノヴァは肩をすくませて通り過ぎようとする。けれど、右手の脈動は止まらない。それどころか、老人が持つランプの「異常な熱」に引きずられるように、指先が勝手にその方向を指し示そうとしていた。
(……そこが、苦しがってる)
それは「見える」というより、自分の体の一部が熱せられているような、生々しい感覚だった。
「そこ……ネジのところが、一番……熱いです。」
蚊の鳴くような声でそれだけ言うと、ノヴァは老人の反応を待たずに、自分の倉庫へと走り去った。鉄扉を閉め、暗い隅っこで荒い呼吸を整える。
(言ってしまった。余計なことを……)
恐怖で指先が震える。もしあの老人が軍の関係者だったら。もし今の言葉で自分が「異常者」とバレてしまったら。
しばらくして鉄扉を叩く音が響いた。
ノヴァは全身の血が凍りつくのを感じながら、震える手で閂を外した。
そこに立っていたのはさっきの老人だった。
「……これはさっきの礼だ。お前さん、鼻が効くんだな。言われたところを確認したら一発で直ったよ。」
老人は数枚の端金を地面に置くと、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「この倉庫の持ち主は俺の知り合いでな、誰か入ったとは聞いてたが、まさかこんなガキだとはな。……まあ、うまくやれよ。」
老人はそれだけ言い残すと、夜の闇に消えていった。ようやく一人になり、ノヴァは冷えた空気の中で、市場で買ったパンにかじりついた。
(……知り合い。よかった、軍じゃなくて)
あの日、地面に叩きつけられた時に欠けてしまった歯のせいで、パンを噛むたびに嫌な音が頭蓋骨に響く。噛み合わせのずれた奥歯が、今の自分の人生そのものみたいで情けなくて、涙より先に喉が詰まった。けれど、床に並べたばかりの端金を眺めながら食べるパンは、不思議と胃の奥を温めた。
自分のこの「エラー」が、お金になった。
それは、リンネさんが守ってくれた嘘を抱えながら、明日を待つための、小さく、けれど唯一の光だった。
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