第5話②
2.
――大地を、穢れた黄昏が覆い尽くしている。
「aaaaaaalaaaaaaaa………!」
「vvvvvvvvvvvgbuuuuuuuu………!」
「gaaaaaaagyaaaaaaaaa…………!」
かつては繁栄した城下町だったのだろう。
整然と建物が連なり、人々が忙しなく行き交い、城壁が人々の安全を保証する。
今は、紫橙の結晶に呑み込まれその輪郭すら曖昧になっている。
大通りには巨大な蛇のような昏禍が身を横たえ、侵蝕を地面に広げている。
また別の建物の上では、獣型の昏禍同士が食い合っていた。
喰われた昏禍が完全に吸収されると、喰った側の昏禍の背中からずるりと新たな首が増えた。喰われた昏禍と同じ顔をしていた。
一見は何の変哲も無い物見塔では。石材の隙間から結晶が突き出し、それ自体が生き物のように蠢いている。
『北壁』。
それは、今となっては名前すら忘れ去られた、黄昏の災禍に呑まれた国家の一つ。大昏禍時代の爪痕をそのまま残す、禁忌の場所。
「――区画内の、昏禍の数は?」
その様を見下ろす少女がいた。
狂った色彩に犯された大地の、遥か上空。
空中に浮かんだ三日月形の浮遊体に腰かけ、おぞましい光景を見下ろしている。
波打つセミロングの髪も、ゆったりとした裾の制服も、全てが、氷原を切り出したかのような純白。ただ、その瞳だけが、海のように碧い。
耳元の、戦闘任務用の小型ロゼッタから回答がくる。
『
「
『おそらくは、その生産型かと』
「じゃあそれをモニタして。作戦目標は、この区画の昏禍残党の討滅。深層、中層までは確実に一掃し、ノルトゥング開拓部隊が入れる状態にすること。出撃するわ」
『出撃? ――お待ちください、間もなく他の小隊員が到着します。作戦はそれからのはずでは……!』
「誰に言ってるの? ――貴方たちには、後始末しか求めてない」
少女が何気なく、空中から飛び降りる。
彼女が腰を掛けていた浮遊体は、巨大な弓であった。
古代の地層から掘り出してきたかのような、巨獣の骨にも似た弩弓。
真っ逆さまに落ちていく少女の口元には、うっすら笑みすら浮かべていた。
「!」
即座に、昏禍が反応する。
この黄昏の地獄において、唯一、それに塗り潰されていない存在。
無作法で場違いな純白に、昏禍たちは嫌悪をむき出しにする。己の色で染め上げんという穢れた本能に突き動かされ、少女に殺到する。
「laaaaaaa! alaaaaaaaa――――!」
「gbuuuuu! vvvvvvvvv!」
「zzzzyaaaaaaaa!」
獣が跳躍し、蛇が大顎を開き、建物の屋根から雲霞のような虫が溢れ出る。
大地からは無数の人影が佇立する。虚ろな眼窩を持つ死骸の群れが構えるのは、元々はこの街を守るはずだった侵蝕された数多の武器だ。
だが。少女の唇が動く。
「――――
上空の弓が引かれ。
穢れた色彩が、純白に染まった。
╋ ╋ ╋ ╋
「…………はぁ」
閑かに、雪が降り始めていた。
ノルトゥングにおいては新入生を迎えたばかりの初春である。
およそ季節外れといって差し支えない。白息を吐く少女の背後では、巨大な芋虫型の昏禍が、全身を氷の矢に貫かれ、磔にされていた。
パキパキ、と音を立てて、矢から凍結が広がる。
数多の昏禍を生み出していた分厚い腹部が、完全に芯まで白く染まり――
「霜葬」
少女が指を鳴らすとともに、一斉に砕け散った。
キラキラと霜が舞うと、そのあとには橙紫色の欠片もなくなっている。
星剣は、その属性に応じて一つ一つ浄化の形質が異なる。穢れた黄昏を白く凍らせ砕くことが、少女の星剣による浄化であった。
「討滅、完了しました。後は開拓部隊に任せるわ」
『……昏淵領域の濃度低下を確認。本当にやってしまうなんて…………』
探査係の小隊員の驚いたような声が聞こえる。
かつてならば街一つ犠牲になった、深層級昏禍の群れも、今の彼女にとってはほとんど敵にならない。けれど、このくらいでは全く足りなかった。
「…………ん」
片腕が動かない。流れた血を氷で固めていた。
何度か侵蝕攻撃も受け、汚染された大気も吸ってしまった。
莫大な輝力は多少の怪我など関係なしに体を動かせる。
しかし、この程度の相手に手傷を受けるようでは、全くレベルが足りない。
「学府に帰投するわ。キャラバンに転移扉の準備をさせておいて」
『は、はい。つつがなく。お疲れ様です、――〈カノープス〉』
通信越しの、畏怖の声すら不快だった。
そうして白き少女は、霜の降りた大地を去った。
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