第8話 そのスマートウォッチは、24時間体制で俺の鼓動を管理している。

 その日、俺の左手首には新しい枷が嵌められた。


「はい、湊くん。プレゼントです」


 静が渡してくれたのは、最新型のスマートウォッチだった。

 漆黒のバンドに、洗練された液晶画面。

 値段を調べたら、高校生の小遣いでは到底手の届かない代物だった。


「これ、すごく高くないか? 悪いよ」


「いいんです。湊くんの健康管理のためですから」


 静は愛おしそうに俺の手首にベルトを巻き、パチンと留めた。

 少しきつい。まるで手錠のようだと思ったが、口には出さなかった。


「これがあれば、湊くんの睡眠時間も、運動量も、心拍数も、ぜーんぶ私のスマホで確認できますから。……もし倒れたりしたら、すぐに駆けつけられますね」


 彼女は俺のスマホとウォッチをペアリングさせ、満足そうに微笑んだ。

 画面には『同期完了:管理者 霧島静』の文字が一瞬だけ表示された。


 ◇


 放課後。

 俺は図書室へ向かう廊下の角で、梨花と鉢合わせた。


「あ、湊くん!」


 梨花は俺を見つけるなり、パッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。


「ねえねえ、今度の日曜空いてる? 駅前に新しいパンケーキ屋さんができたんだって! 一緒に行こうよ!」


 彼女は俺の制服の袖を掴み、上目遣いで迫ってきた。

 距離が近い。

 甘い香水の匂いと、弾むような声。

 元カノとはいえ、かつて好きだった相手だ。急に詰め寄られて、動揺しない男はいなかった。


「ち、ちょっと待てよ梨花。俺は静と……」


「いいじゃん、内緒で行けば。……ね?」


 梨花がさらに身体を寄せてくる。

 柔らかい感触が腕に当たる。

 俺の心臓が、トクンと大きく跳ねた。


 その瞬間だった。


 ブブブッ!

 左手首のスマートウォッチが、不快なほど激しく振動した。


 驚いて画面を見る。

 そこには赤い文字で、警告のような通知が表示されていた。


『心拍数上昇:120BPM』


 そして、間髪入れずにスマホが震えた。

 静からのLINEだ。


『湊くん? どうしました?』


 背筋が凍りついた。

 俺は慌てて周囲を見回した。静の姿はない。彼女は今、職員室にいるはずだ。

 なのに、反応が早すぎる。


『GPSは校舎の廊下から動いていない。走っているわけでもない。……なのに、どうして心拍数だけが急上昇しているんですか?』


 画面の向こうの彼女の表情が、ありありと想像できた。

 彼女は心配しているのではない。

 疑っているのだ。

 運動もしていないのに心臓が高鳴る理由――つまり、「誰かにときめいている」可能性を。


「……湊くん? どうしたの、顔青いよ」


 梨花が心配そうに覗き込んでくる。


「ごめん、梨花! 急用思い出した!」


 俺は梨花の手を振りほどき、その場から逃げ出した。

 これ以上、梨花と一緒にいたらマズい。

 心拍数が上がるたびに、静の監視サーバーにアラートが送られるのだ。


 走りながら手首を見る。

 スマートウォッチは、俺の焦りを読み取ったのか、さらに数値を上げて静に報告し続けていた。


『心拍数140。……湊くん。今、誰から逃げているんですか?』


 通知が止まらない。

 この時計を外さない限り、俺の生理現象すらも、すべて彼女の掌の上なのだ。

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