水曜 上司は嫌い、後輩は苦手

 昨日と同じ時間、同じ場所。

 謙一郎くんはいつもの靴に青のトレーナーとジーンズの組み合わせで来ており、橋の柵に両肘をかけていた。



「ハナさんお疲れ。週の真ん中なのに、来てくれてありがとうね」

「いえ、私も有難いです。……一人だとどうにもならなかったから」

「ん、何かあったの? 良かったら話してみてよ」

「え」

 ──会社で色々あった。研修の手伝いもしなければならないし、通常業務もこなさなければならない。そのせいで残業にもなるし、新年度から先が思いやられる。

 でも謙一郎くんに言ってもな。会社一日で辞めてるって言ってたし、なんか言いにくい。

 それに加えて、多分彼は新卒な気がする。社会人経験少ない人に言っても気持ちは分からないよね。

 心配させちゃいけない。笑顔でいよう。

「な、なんでもないですよ? それよりも謙一郎くんが今日何をしていたか教えてほし──」

「ハナさん」

「!?」

 謙一郎くんが私の腕をガシッと掴んだ。力強くて逃げられない。

「俺は確かに新卒の会社を一日で辞めましたよ。社訓唱えさせられたり、先輩方の隈や疲労感が酷かったり。何よりも入社式で社長が‶客は金〟‶終わるまで逃げられない〟って言ってたから、怖くなったんです」

「!」


 辞めた背景なんて知らなかった。

 蓋を開けなければ分からない現実はあるのに、謙一郎くんを「働きたくない青年」だと勝手に勘違いしてしまっていた。


「俺は立派な社会人にまだなっていない。だからこそ思考の偏りなく、ハナさんの気持ちを真っすぐ受け止められる。

 ハナさん。言っても無駄って思うかもしれないけれど、もしも言ってスッキリしたいなら話してよ。受け止めるから」

「でも……」

 言葉が詰まる。

 自分より年下に言うなんて、情けなくなってしまうから。

「昨日言ったでしょ。俺は俺、ハナさんはハナさんだって。だから遠慮しなくていいんだよ」

 彼は私の心を見透かすかのように言い、笑った。

 その笑顔に、疲れた心が溶かされていく。


「今日、全体での研修中だけど、私の部署に配属予定の社員が何名か上司に引き連れられて来て、」

「うん」

「でも挨拶してもボソッとしか言わないし、話しかけてみても反応薄いし、何を考えているのか分からなくて、」

「うん」

 あれ……?

「不安でたまらなくて。そして今マニュアルを分かりやすく直す作業を任されてたけど、これでも伝わるのか分からなくて」

「うんうん」

 なんで……?

「それに並行していつもの仕事もあって。でも上司はいつもいつも指示間違いを私のせいにするし、焦って私がミスしたら上司に圧かけられるし、」

 なんで私、泣いてるんだろう?

「仕事のミスを押し付ける上司なんて嫌い、後輩は仲良くできる気がしないし苦手。もうつらい、死にたい……」

 抑えたいのに、涙が止まらない。


「ハナさん頑張ったね」

 謙一郎くんが私の頭を撫でた。

「つらかったよね。苦しいよね。ここでなら思いっきり泣いていいんだよ」

「う、うっ……うわぁぁぁぁ……!」

 夜中の湖で年下に慰められながら、年甲斐もなく涙を流した。

 でも、こんな日があってもいいのかもしれない。

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