異世界転生した自動車部品メーカー社員が世界を救う

もしもノベリスト

第1章「過労死とゼロからの再起動」


死ぬ瞬間、神宮寺颯太が最後に見たのは会議室の天井だった。蛍光灯が網膜に焼き付いて、視界が真っ白になる。胸を締め付ける痛みと、指先から這い上がってくる痺れ。ああ、これが心筋梗塞というやつか――冷静な部分がそう分析している間に、意識は暗闇へ沈んでいった。


二十八歳。自動車メーカーの商品企画部で、次世代EV開発プロジェクトのマネージャー。週休一日、終電帰りが三ヶ月続いた末の、あっけない最期だった。


そして、颯太は目を覚ました。


草の匂いがした。土の匂い、家畜の匂い、そして何かが煮える香ばしい匂い。まぶたを開けると、見たこともない木造の天井が視界に飛び込んでくる。壁は粗削りな石と泥を塗り固めたもので、窓からは暖かい光が差し込んでいた。


「気がついたか、坊主」


しわがれた声に振り向くと、白髭を蓄えた老人が立っていた。粗末な麻の服を着て、杖をついている。RPGに出てくる村人みたいだ、と颯太は思った。いや、待て。RPG?


「ここは……」


声を出そうとして、颯太は驚愕した。自分の声が、明らかに子供のものだったからだ。慌てて自分の手を見る。小さい。十歳前後の子供の手だ。


「おまえさん、三日も熱で寝込んでたんだよ。村の者がな、森で倒れてるのを見つけたんだ。記憶はあるかい?」


記憶。そうだ、記憶がある。神宮寺颯太、二十八歳。大学で機械工学を専攻し、自動車メーカーに就職。商品企画で新型EVの開発に携わり、コンセプト立案からターゲット顧客の選定、収益計画の策定まで全てを仕切っていた。上司からは「お前は将来のCEだ」と期待され、部下からは「鬼マネージャー」と恐れられ、同期からは「仕事の亡者」と呆れられていた。


そして、会議室で倒れた。あれが最後だ。


「私は……カイトと言います」


なぜかその名前が口をついて出た。この体の、元々の持ち主の名前らしい。記憶が流れ込んでくる。孤児だった。両親の顔も知らない。この村の外れで、村人たちの施しを受けながら細々と生きていた十二歳の少年。


転生、というやつか。


颯太――いや、カイトは静かに状況を受け入れた。エンジニアとしての訓練が染み付いている。まず現状を把握し、問題を定義し、解決策を考える。感情的になっても仕方がない。


「ありがとうございます。おじいさんは?」


「わしゃ、グレンじいと呼ばれとる。この村の長老だ」


グレンは優しく微笑んだ。深い皺が刻まれた顔には、長年の労働の痕が見える。手は節くれ立ち、爪は土で黒ずんでいた。


「体が動くようなら、少し外に出てみるかい。新鮮な空気を吸えば、気分も良くなるだろう」


カイトは頷き、ベッドから降りた。足元がふらつく。この体はまだ弱っているようだ。それでも、グレンの肩を借りながら、小屋の外へ出た。


そして、絶句した。


目の前に広がっていたのは、中世ヨーロッパの農村そのものだった。藁葺き屋根の家々が点在し、畑では人々が鍬を振るっている。遠くには森が広がり、さらにその向こうには雪を頂いた山脈が見えた。


だが、カイトの視線が釘付けになったのは、村の中央を走る「道」だった。


舗装されていない。ただの土の道だ。轍が深く刻まれ、雨が降れば泥濘になるだろうことは容易に想像できた。そして、その道を行くのは――荷車だった。木製の車輪を持つ、原始的な荷車。それを引いているのは、牛だった。


「車輪が……」


カイトは呟いた。車輪を見ている。木製の、スポークもない、ただの円盤状の車輪。ベアリングなどあるはずもない。軸受部分は恐らく木と木が擦れ合っているだけだろう。摩擦抵抗が大きく、すぐに摩耗する。効率が悪すぎる。


「どうかしたかね?」


「いえ……あの荷車ですが、車軸に何か油を塗っていますか?」


グレンは首を傾げた。


「油?ああ、動物の脂を塗ることもあるが、すぐに乾いちまう。仕方ないもんだと、皆諦めとるよ」


カイトの脳裏に、前世の知識が溢れ出した。ベアリング。潤滑油。サスペンション。タイヤ。これらは全て、自動車産業が数百年かけて洗練させてきた技術だ。そして、この世界には存在しない。


いや、それどころじゃない。


「あの……この世界には、機械というものは?」


「機械?なんだいそれは」


グレンは本気で分からないという顔をしている。カイトは言葉を選んだ。


「人の力や動物の力以外で、何かを動かす道具です。例えば、水車とか……」


「ああ、水車なら隣村にあるよ。粉を挽くのに使っとる。だが、あんなもん作れるのは腕のいい大工だけだ。高くて、うちの村じゃとても手が出ん」


つまり、産業革命以前の技術レベルということか。カイトは深く息を吐いた。


だが、同時に妙な高揚感が湧き上がってくるのを感じた。エンジニアとしての本能が騒いでいる。ゼロから作れる。この世界を、自分の知識で変えられるかもしれない。


「グレンじい、一つ聞いてもいいですか。この世界には、魔法というものは存在しますか?」


グレンは目を丸くした。


「魔法?ああ、あるともさ。王都の魔法使いなんかは、炎を出したり、水を作ったりできるそうだ。だが、あんなもんは貴族や金持ちのもんだ。わしらみたいな貧乏人には関係ない」


魔法。ファンタジーの定番だ。だが、カイトはエンジニアとして考えた。魔法が存在するなら、それはエネルギー源として利用できる可能性がある。


内燃機関がなくても、魔力を動力に変換できれば……自動車が作れる。


「グレンじい、僕にも魔法は使えますか?」


「さあな。試してみるかい?」


グレンは面白そうに笑った。そして、簡単な呪文の唱え方を教えてくれた。手のひらに意識を集中し、心の中で炎をイメージする。


カイトは目を閉じた。集中する。イメージする。燃焼。酸化反応。熱エネルギー。化学式が頭の中を駆け巡る。


そして、手のひらに熱を感じた。


目を開けると、小さな、本当に小さな炎が、手のひらの上で揺らめいていた。ライターの火ほどもない。だが、確かに存在している。


「おお!魔力があるじゃないか!少ないがな」


グレンは驚いている。カイトは炎を見つめた。これは、発熱反応だ。魔力という未知のエネルギーが、熱に変換されている。ならば、制御次第で運動エネルギーにも変換できるはずだ。


モーターの原理と同じだ。電気エネルギーを回転運動に変える。魔力エネルギーを回転運動に変える。理論的には可能だ。


カイトは炎を消した。そして、グレンを見上げた。


「グレンじい、お願いがあります。僕に、道具を使わせてください。何か、作りたいものがあるんです」


グレンは怪訝そうな顔をした。だが、カイトの真剣な眼差しを見て、ゆっくりと頷いた。


「まあ、いいだろう。倉庫に古い道具がある。使えそうなもんがあれば、持っていきな」


「ありがとうございます!」


カイトは深く頭を下げた。心の中で、既に設計図が浮かび上がっていた。


最初に作るべきは、簡易的な魔導カート。四輪、木製のフレーム、魔力で駆動する簡単な推進装置。プロトタイプだ。これで原理実証をする。


そして、それが成功すれば――この世界に、自動車革命を起こす。


カイトは拳を握りしめた。


前世で過労死するまで追い求めた夢。人々の生活を豊かにする、移動の自由を提供する、モビリティの未来を創造する。それを、この世界で実現する。


二度目の人生は、自分の意志で切り開く。


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