とろろそば
第7話 とろろそばらしきパスタと大型犬・上
様々な国や地域から人々が押し寄せる魔術都市トルト・マーニでは、まったく異なる文化圏で生まれ育った人々が暮らしている。
とはいえいくらかの風習や文化というのは影響し合い似通うもので、そのひとつが新年だ。
もちろん、大きな戦勝記念日や独立記念日を新年の始めの日としたり、春に特定の花が咲く日を一月一日とする民族など様々に「新年」は決められているのだが、ここトルト・マーニがある国とその周辺地域では、冬至を一年の最後の日、その翌日から新年としている。そのため冬至の日には国中の町のいたる所にたくさんのランタンが飾られ、あらゆる広場にかがり火が焚かれ、大きな町では花火が上げられる。
もちろん魔術と冠するものの多いこの町では花火や飾りに魔術の工夫が施されることも多く、時には王都をしのぐのではないかというほど人で賑わうのだ。この日には店でも家でも多くのご馳走が用意されるのだが、翌日の一日には、冬至に作り置きした料理や買ってきたものを家々で食べてゆっくりするため、打って変わって町は静かになる。そして翌日からは再び、新年の挨拶や行事で町が賑やかになるのである。
そんな年末年始の祭りを間近に控え、魔法食堂マリエットでも、祝い事にふさわしい献立を思案して店主のバルトが頭を悩ませていた。
こうした大繁忙期を迎える場合、マリエットではカウンターとキッチンの間仕切りになっている台に大皿を並べ、ビュッフェ形式をとることにしている。鍋はキッチン側で温めるためスープは客ではなく店主がよそう必要があるが、これで配膳がかなり楽になるのだ。もっともバルトは普段から、料理が出来たら客を呼びつけ持っていかせることに躊躇いが無いのだが。
料理を取り過ぎて食べられなかった場合は罰金を取るものの、逆に追加料金を払えば持ち帰りも可能。メニューは時間が経つにつれて品切れになることも、あり合わせの材料で作ったものに切り替わることもあるため、遅い時間になるほど割引もしている。なかには閉店間際に来て数品だけ食べていくような客もいる。
ひとまずケーキについては、つい最近レシピを覚えたタルトタタン風ケーキと決めているが、洋梨のタルトを追加しても良いかもしれない。スープは肉がほろほろほどけるビーフシチューと、うまみの染みたレンズ豆と豚のソーセージのスープ。サラダはバルトの好きなキャロットラペと、削ったチーズをかけたグリーンサラダ、レモンを効かせたホタテとエビのセビーチェ。
メインは定番のしっとりしたローストビーフに油のしたたる鶏の丸焼き、香草バターでこんがり焼いたサーモン。パンも何種類か用意し、バターやジャム、ハムやツナのリエットも作っておきたい。フライドポテトとマッシュポテトもたっぷり用意する必要がある。
サイドメニューには白身魚のフリットと、白菜とハムのクリーム煮や根菜とキノコのグリル、最近人気のある肉じゃがも出しておこう。あとはその日の仕入れ状況によって何品か。
パスタはドライトマトと、ベーコンかオイルサーディンのペペロンチーノ。その他もう一品くらいはほしいところだ。
そこまで考えたところで、バルトはふと思いつきをメモしていた手を止めた。
「……もうちょい変わったモン出しても良いかもなあ」
変わり種といえば既に肉じゃがとタルトタタンがあるものの、定番のご馳走の他にも、祭りの勢いでちょっと挑戦してみたくなるような、予想外のメニューがあってもいい。新年で集まった家族が楽しく語らうときの話の種にでもなれば幸いだ。
珍しいといえばつい異世界料理を連想してしまうが、カミラがタイミング良く新しいレシピを持ってくるのに期待するのもなんなので、自分が隊商時代や行商時代に旅先で出会った料理の中から、このあたりでも受けそうなものを思い出してみようか、とバルトが思いついたそのとき。店の扉が今日もバタンと勢いよく開かれた。
「店主さん!! 再現をお願いしたい料理が!! あるんスけども!!」
無駄に勢いよく開かれた扉からやってきた声は、予想に反して男のものだ。
入り口に立っていたのは、灰色の短髪とバルト以上の長身、ぴんと立った犬耳とふさふさのしっぽを持つハスキーの獣人族。この店の常連の一人であり、カミラと同じ中央魔術学園所属の研究者、ジョット・アルバーニだった。
きりりとしつつも愛嬌のある水色の目が、大型犬種族らしい人なつこい表情でバルトへ一直線に向けられている。
しかし人族の特に愛想も無く目つきも悪い店主のほうは、怪訝そうな視線を向けるだけだ。
「別料金取るぞ」
「大丈夫っス!」
「そもそもお前なんでそれ知ってやがる。カミラから聞いたのか?」
バルトは自分が店で出し始めた変わった料理について、本の魔女が召喚した料理本から借用した異世界のレシピだということは特に隠していない。オリジナルメニューだなどと言う気がもとよりないからだ。
しかし、カミラから半ば強引に――まあ最終的に報酬につられたわけだが――料理の再現をお願いされて引き受けたことについては公言していない。バルトとしては、自分は町の小さな食堂を切り盛りするしがない店主だ。客に美味いものを出すために努力はしているものの、料理人として達人だとは思っていないし、「再現」などというのも、どうにもおこがましいと思っている。
そもそも正しい味もわからず材料も用意できない状態で、本当の意味で再現できているわけがない、というのがバルトの正直な感想だが、それらしき料理に対して依頼人のカミラは勿論、肉じゃが風ややタルトタタン風を食べている客も喜んでいるため、まあいいかとひとまず許容しているのが現状だ。
つまりバルトは再現料理をそれなりに楽しく美味しいと思っているものの、積極的に取り組む気でいるわけではない。だからこうして妙なことを頼んでくる常連が増えるのは困るのだ。
しかし、それと同時に金は普通に好きだしそこそこ俗なのがバルトという男なのである。
というわけで話くらいは聞いてやろうと、面倒くささと好奇心と報酬への欲望の三枚に板挟みにされたバルトは、ジョットをカウンターへと案内した。
雑に指差されたカウンター席へ座ったジョットは、早速一枚のレシピを取り出す。
「いやー、実は先日うちの研究室の教授が金庫の鍵を子供に隠されまして」
「ああ。あれお前の先生だったのか」
「そうなんスよ。んで、カミラからの助言で無事鍵が見つかったって話してて、なんでも元々は行きつけの料理屋の店主さんの助言だったって聞きまして」
「助言なんてほどたいしたことは言ってねえよ」
「いえいえ、教授は喜んでましたよお。それでカミラに教授がお礼言ってるところに俺も鉢合わせたんスけど、教授の奥さんの焼いたパイと、カミラが持ってきたリンゴのケーキを交換してましてえ」
「あー……」
「本の魔女様の召喚した料理本のレシピを参考に、件の店主さんが作ってくれたケーキだって言ってたんスよね! んで、カミラがしょっちゅう行ってる店ってここじゃないですか」
「……。他の店かもしれねえだろ」
「いやあ、俺もかなり来ますけど、まあまあな頻度で鉢合わせますし。っていうか今更シラ切るのはさすがに無理ですよ店主さん」
「カマかけやがったなテメエ……」
思わず険のある声を出してしまうバルトだったが、ジョットのほうは堪えたふうもない。学園の魔術師というのは皆こんな奴らなのだろうか、と思わずカミラの例も思い浮かべて眉間にしわを寄せていると、ジョットは再びずずいとレシピを差し出してきた。
「さっきも言いましたが、勿論報酬は払います! 銀貨十枚に、材料費はおれが持ちますし、わからない部分はちゃんと資料を探してきます!」
随分と熱心な様子に、バルトはため息をついた。まあカミラにだけ作ってやって、ジョットには作らないという理由は気力以外では特になかった。
とはいえバルトにとって本業は食堂だ。こうして時間を取られることが増えるのも少々困る。今だってちょうど客のはけた時間だからまだ良いものの、仕込みの時間や休日を毎度潰されてはたまらない。バルトの労働理念は「適度に暇に」なのだ。
それでもキラキラと目を輝かせてこちらを見てくる若者をすげなく断るのも、それはそれで心理的に多少の負担があるものだ。見るだけ見るかとレシピを手に取り、バルトは中身を一読した。
「……本当に変わった料理だな。これはパスタの一種か?」
「麺料理ですけど、原材料はソバですね。とろろそば、って言うらしいっス」
「ソバの麺は珍しいなあ……」
紙に載っているのは、薄茶色のスープに浸った細い灰色の麺。上に乗せられたトッピングも変わっていて、芋が原料らしい白いペースト、細かく刻まれた黒い紙状のものと、これだけはわかりやすい刻んだネギ。そして調味料には肉じゃがの時に見た酒とみりんと醤油の文字。さらにはだし汁という材料不明のスープまである。
肉じゃがを作る過程で多少ノウハウができたとはいえ、あれ以上に全容が見えないレシピだと言って良いだろう。
「ど、どうスかね?」
おそるおそるといった様子で質問するジョットは、カミラが頼んできたときに比べればまだ健気さがあった。その点は好印象だ。
更に良い点を数えるなら、ちょっと変わったパスタ料理を、と考えていたバルトの要望に、このメニューは非常にぴったりと合致する可能性がある。しかしあまり制作に苦労するようなら、別のものを用意したほうが良いだろう。
ひとまずバルトは、現時点で解決すべき問題点を挙げることにした。
「一番わからねえのはこのだし汁だな。調味料と合わせてスープにすることから考えてブイヨンの一種だろうが、ここにはその材料が書かれていない。このレシピが載っている本か、同じ系統の別の本からでもいいから、材料を探さないことには話にならない」
「了解っス!」
「それからソバでの麺の作り方もわからないな。俺はソバっていうとガレットやリゾットしか作ったことがない。パスタマシンは一応うちにもあるが、それで対応できるかどうか……」
「スパゲティみたいなパスタと同じようには行かないってことですかね……?」
「そもそも粉と水分の割合がわからんことには、まともな麺にすること自体がかなり大変だ。他に入れる材料もあるかもしれない。あと俺は一応手打ちパスタも作れるが、べつに得意じゃない。そもそも普段はパスタやパンは専門店から買ってるしな。失敗する可能性が十分あるし、一日で完成にこぎ着けられるとも限らないぞ」
「了解ス。なるべく資料探してみます!」
「あとはこの具材だな。この長芋ってのをすり下ろしてペーストを作るのは見りゃわかるが、火を通しているような記述はないな……? あとは海苔もわからん。というかわかるのはネギと酒と水だけだ」
言えば言うほどわかるものの方が少ない料理だが、ここに来てジョットが自信ありげな顔で大きく頷いた。
「長芋については心当たりがあるっス!」
「おお、そうか」
「はい! 東方の比較的あったかい地域に、生で食べられて粘りが強いという特徴を持った芋があるんですが、これが実は学園の温室でも少量栽培されてるっス! 俺は植物関係の研究してるんで、ちょっとはツテがあります! 前々から食べてみたかったんスよ!」
「なるほどな」
となれば、懸念事項は既に一つは解決している……かもしれないわけである。
ソバで作る麺についてはバルトの試行錯誤で解決する可能性はあるが、だしについてはジョットに頑張ってもらう以外に方法はない。彼の資料探しが終わらないことには調理に取りかかることは出来ないのだ。
もちろんそれはジョットも了解しているため、これ以上今日この場で出来ることはお互いになかった。
「てことで、まあゆっくり探してこい。料金は実際に作ったときの支払いでいいから」
「はい! 頑張って探します!」
「おう。ところでお前もうメシは食ったのか?」
おおかた話が片付いたところで、バルトはついそんなことを訊いてしまう。この店主は口と目つきと言葉遣いが悪く金に意地汚くそこそこに怠惰ではあるが、特に年下や年配の人間が腹を空かせていそうだと、つい気になって世話を焼いてしまう男なのであった。
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