第9話 太陽の塔と嘘
●第9話 太陽の塔と嘘
1970年3月 多摩川グラウンド。
プロ野球開幕を目前に控え、伸、真樹、小林の三人は、
連日、砂埃の舞う猛特訓を続けていた。
「あ、あのーですね、たまには息抜きも必要だと思うんですよ……
僕、いいチケットを手に入れたんです!」
小林が意気揚々と真樹と伸に差し出したのは、
数日後に開会を控えたEXPO'70――大阪万博のパビリオン特別内覧券だった。
真樹は少し考えて、そして思い出したように声を上げた。
「EXPO'70って、あの伝説の大阪万博のことか!」
小林は目を輝かせて食いつく。
「え? この年の万博って、未来でそんなに伝説的なんですか?」
真樹は、さも得意げに胸を張った。
「そりゃもー凄いもんよ!ねー、伸?」
伸もニヤリと笑って話に乗る。
「ああ、確かに凄く有名だぜ。
後にも先にも、この年の万博を超えるものはお目にかかれねーな」
小林はもう居ても立ってもいられず、二人の袖を引いた。
「じ、じゃあ行きましょう! ね! ね!」
真樹は腕を大きく広げて笑った。
「プロ野球が開幕したら、なかなか時間の自由が利かないし、行きましょうか!」
そう言って、伸と小林の肩に手を回し、三人仲良く歩き出すのだった。
――1970年の新大阪駅。
新幹線が新大阪駅に滑り込むと、そこには東京とは違う、
濃厚な人間の熱気が渦巻いていた。
「はいはい、そこのお兄さん! 押さへんといて! 万博行きはあっちやで!」
駅員の威勢のいい案内が響き、改札を抜ければ、
『歓迎・日本万国博覧会』の極彩色の看板が視界を埋める。
小林はその賑やかさ、活気に目を奪われた。
「……まだ万博、始まってもいないのに、さすが商人の街大阪だなー!」
「確かに……東京とは、なんかこう……空気の密度が違うな。
なんつーか、みんな前のめりだ」
伸が人の波に揉まれながら圧倒されたように呟くと、真樹がくんくんと鼻を鳴らした。
「さすが食い倒れの街!ソースと、出汁と……
あと、この時代の『やる気』が混ざったような匂いがするわ」
駅前にはたこ焼きやイカ焼きの屋台が並び、
行き交う人々は誰もが「未来」という文字を疑わずに追いかけている。
その爆発的なエネルギーに、伸、真樹、小林の三人は、
目を回しそうになりながらも、高揚感を隠せなかった。
――電車を乗り継ぎ、大阪・千里丘陵へ向かう三人。
まだ建設の槌音が響く会場を前に、小林は圧倒されたように目を輝かせていた。
「すごいなぁ……これ、全部完成したら、一体どんな凄いことになるんでしょうか?」
横で並んで歩く伸と真樹が、こっそり目配せをしながら、真樹が小林に自慢気に話し出す。
「ご存じの通り、私たちは未来からやって来たわけですよ……小林。
もちろん、ぜーんぶ、そりゃもーぜーんぶ、存じ上げてますわよ、ハイ」
真樹がニヤけながら小林を覗き込む。
「小林はまだ知らなくて当然だけど……あの『太陽の塔』、まだあれ、未完成なのよ!
実は夜になると目が光って、中から小型円盤が発射されるんだから!」
真樹は、さも真実かのように真顔で嘘をつく。
小林は興奮気味に
「えっ!? 円盤!? 宇宙人とかも出て来るんですか?」
「そうなんだよ、小林……あの地下通路を通ると、実は宇宙船があってな。
それを宇宙人役の人と一緒に操縦して、
地下道を縦横無尽に凄い速さで移動出来る仕組みなのさ。
だからみんな、夢中になり過ぎて、迷子になるってそりゃ有名なんだぞ!」
と伸もその悪ノリに、もちろん加わった。
「そ、そんな馬鹿な……いや、でもこの万博ならあり得るか!?」
真っ赤になって、パニックを起こす小林を見て、二人は腹を抱えて笑った。
ふと、小林が会場の案内板を見つけ、指を差して叫んだ。
「あ! 見てください! 『月の石』ですよ! アメリカ館に飾られるって……
あの夜空に浮かんでる本物の月です、これ楽しみだったんだー」
伸と真樹は、また顔を見合わせた。
しかし、小林の純粋すぎる驚きに、二人は少しだけ嘘を交えるのをやめた。
「そうよ。人類が初めて月に行って、持って帰ってきた宝物……
これはね、人間が本気になればどこまででも行けるっていう、夢を形にした証拠なのよ」
真樹の少し真面目なトーンに、小林は「すごいなぁ……」と溜息をつき、
案内板に載っている『人間洗濯機』という奇妙な展示にも
「未来ですねぇ」と釘付けになった。
パビリオンの前では、特別内覧に来た家族連れがはしゃいでいた。
「大きくなったら、わても宇宙旅行に行くんねん!」と叫ぶ子供。
「長生きするもんやねえ、こんな未来が見られるやなんて」
とハンカチで目を拭う老人の姿。
その光景を見つめていた真樹が、不意に足を止めた。
(この時代の人たちは……まだ、未来を疑う必要すらなかったのね……)
科学の進歩がもたらす光だけを信じ、手放しで未来を祝福する人々。
その眩しさに、真樹は一瞬だけ胸が締め付けられるような、
しんみりとした感覚に襲われるのだった。
そんな中、三人は記念品売り場の前を通りかかる。
「あ、これ、万博記念メダルだぞ、小林! これは極秘なんだが……
まーそこは、俺たちとお前の仲だ……
実はこれ、円盤に乗るための通行手形になってるんだ。一つ買っておいた方がいいぞ!」
伸は楽しくなって、また、小林をからかいはじめる……その伸の軽口にまんまと乗せられ、
小林は必死の形相で、自分用の装飾の派手なメダルを購入した。
一方、伸はふと足を止め、ショーケースに並ぶ『金の記念メダル』を見つめた。
「……真樹、これ……俺がお前の分も買ってやるよ」
伸は金の可愛らしいメダルを二つ手に取った。
「あのメダルは私と伸の分よ、小林!
円盤に乗るときは、私たちが一緒じゃないとダメなの。
円盤の操縦にはコツがあるのよ!
そのコツを知らないと、宇宙人から酷い目に合わされちゃうんだから、
未来じゃもーそりゃ常識レベルなのよ!」
と真樹も、伸の乗りが伝染してしまい、
再び火がついて、小林をからかうのが、楽し過ぎて止められない。
伸は買ったメダルを握り締め、近くにあった工作用の刻印機へ向かった。
「何してるの?」
とそれを見ていた真樹が尋ねた。
「……別に……失くさないように、ちょっと傷をつけておくだけだ」
伸が真樹に見えないように慎重に刻んだのは、「Shin & Maki」の文字だった。
伸はメダルを真樹の首にかけながら
「いいか、これは『100マイルへの通行手形』でもあるんだ。
俺が160キロ以上をバンバン出して、G軍を倒して……この万博が閉幕する前に、
三人で本物の円盤を見に来ようぜ!」
「……ええ。約束よ」
真樹は伸からもらったメダルを大事そうに両手で包み込み、
青空にそびえ立つ太陽の塔を見上げた。
小林は「円盤に乗れる入り口はどこだ!」と、
まだ見ぬ宇宙人を求めて右往左往している。
春の柔らかな日差しの中、三人の笑い声が千里の丘に響いていた。
この束の間の一日は、後に何を失おうとも……
生涯消えることのない「三人の春」になった。
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