第16話 突撃!Vチューバーのお部屋
常坂麻玲衣はいきなり両手を広げ、一直線にこちらへ向かってきた。
「心配してきてくれたの!? 嬉しい!」
咄嗟に菓子折りの入った紙袋を差し出し、ガードする。
「あのこれ、差し入れです」
「え、なに。おおーっ! 銀座アルセーヌのキャラメルサンドじゃん」
「以前配信で好きだと言っていたので」
「やったー! ささ、あがってあがって。一緒に食べよ。お茶入れるから」
「いや、俺はいいですよ」
なんというか、思っていた100倍は元気そうだ。
しばらくぶりに見る顔だが、相変わらずメイクはしっかりと決められている。
だがいつもの完璧具合と比べると、若干急いで取り繕えたような歪さもあった。
「ちょっと物が散らかってて汚いけどごめんね。私掃除とか苦手でさ」
「ああいや……。大丈夫、です」
正直な話、部屋の光景には引いていた。
この汚さでちょっとなどというのはあまりにも無謀が過ぎる。
小綺麗にしている身なりとは裏腹に、ゴミばかりのフロアは足の踏み場もない。
記憶違いでなければ、本人曰くこのマンションには最近引っ越してきたらしい。だとしたら短期間でここまで散らかすことができるのにはもはや才能すら感じてしまう。
「ごめん座るとこないよね。私のベッド使っちゃっていいよ」
「いえ、さすがにそれはマズいかと」
「オッケーわかった。ちょっと待っててね。ヨイショ」
彼女は蹴りで物の山をどかしスペースを作ると、そこを指さした。
座れということらしい。
「失礼します」
あらためて部屋の内装を見渡す。
真っ先に目に飛び込んできたのは、四台のモニターとマイクらしき機材の置かれたデスクだった。
「ここで配信活動やってるんですよね」
「そだよ。へへん、結構本格的な設備でしょ」
「はい。こういうの初めて見ました」
「ちなみに壁もばっちり防音処理してあるよ」
確かに壁一面にはシートらしきものが貼られていた。
おそらく音を吸収する効果があるのだろう。
「言われてみれば、声がいつもよりクリアに聞こえるような気がしますね」
「でしょでしょ? ふふーん、ここで私と君がなにをしてても、隣の住人には聞こえないよ」
「なにって。変な冗談はやめてください」
「……だよね。ごめんなさい、調子に乗り過ぎました。許してください」
突然消え入るような声を発したかと思うと、その場で彼女はうずくまってしまった。
その変わり様は先程まで軽口を叩いていた人間と本当に同一人物なのか、疑わしく思えるほどである。
「ちょっと、いくらなんでも急にしおらしくなりすぎじゃないですか?」
「陽くんは悪くないよ。私が全部悪いんだ。全部私が……」
呪詛のような言葉とともに、重苦しい空気が周囲を包んでいく。
眼鏡の奥の瞳には、漆黒よりも暗い闇が渦巻いていた。
「ええっと。まあ別に、これくらいの冗談なら平気ですよ。前みたいに脅してきたりしなければ」
「……本当?」
「まあ、はい」
「わかった。今後一切陽くんに無理なお願いはしないって神に誓う。だから許して」
「いやそもそも最初から怒ってはいないですし」
「え、そうなの?」
「はい」
「そっか。ほかに悪いところあったら言って。改めるから」
「ならその、違法な手段で俺のこと調べるのもやめてください」
「……。そんなこと、最初からしてないよ」
「本当ですか」
「本当だよ。とにかく、もう意味深なこと言ったりしないから安心して」
返事に間があるのは気になるところだが、とりあえず追及すべきタイミングは今ではなさそうだ。
「わかりました。信じましょう」
「やった! これで仲直りだね」
声も表情も瞬く間に見違えるほど明るくなり、彼女は先程までのテンションへと戻った。
これほどの情緒の落差は配信でもいまだかつて見たことがない。
「それにしても思ったよりは元気そうですね。配信休んでてSNSでも病んだ感じの投稿してたんで、さすがにヤバいかと思ったんですが」
「実は今元気が出たとこ。ぶっちゃけ陽くんからのチェイン来るまでこの世の終わりみたいな感じだったんだよ。地獄の淵から舞い戻ることができたのは陽くんの一言のおかげだよ」
「そんな大袈裟な――」
言いかけたところで、床の片隅に置かれたひび割れた五台目のモニターと、散乱したビール缶が目に入る。
同時に玄関先で出会った謎の女の言葉が、次本格的に滅入ったら潰れるかも知れないという忠告が、ここへ来て重くのし掛かってきた。
いずれにせよ、これから掛ける言葉は少しばかり慎重に選んだほうが良さそうだ。
「ところでどうして麻玲衣さんはVチューバーになろうと思ったんですか」
「んー。どうして、か。昔配信で一度語ったことあったけど、そういえば陽くんが観るようになる前の回だったね。知りたい?」
「ええ、まあ」
「そかそか。じゃあ聞いてよ」
ひとまずこの話題は地雷ではなかったらしい。
彼女はゴミ袋をクッション代わりにして跨ると、よくぞ聞いてくれたとばかりに語り始めた。
「私ってさ、部屋の片付けもできないようなポンコツじゃん。妄想癖激しくて暴走もするし、なにをやっても駄目駄目の人生だったんだよ」
「そうだったんですか?」
「そ、意外でしょ?」
別に意外でもなんでもないが、一応礼儀として驚いたふりはしておく。
「ほんとにいろんな職場転々としたんだよ。何度もクビにされて、まあ嫌になって自分から辞めたパターンもあるけど。貯金もないし、おまけに彼氏も全然いい人現れなくてさ。いやまったくモテないってわけじゃなかったけど長続きしなくって」
「なるほど」
「まあ彼氏に関しては今でも王子様が現れると思ってるけどね。例えばふさぎ込んでたら菓子折り持って訪ねてきてくれる素敵な王子様とか」
「えっと……それって、誰のこと言ってます?」
刹那の沈黙。そして直前の発言がなかったかのように、語りは再開された。
「はは。まあそんなこんなで人生思い通りにいかなくってさ。もうどうにでもなれって、ストレス発散も兼ねてゲーム実況上げてみたらそれがなんとバズっちゃったんだよ。今思うと、破滅的思考のおかげで最初からめちゃくちゃやったのがよかったのかも。それで私、この仕事が天職だと思ったんだよね。Vに転生したのはそれからしばらく後だけど」
「そういう経緯だったんですね」
「あーあ、あのころは楽しかったなあ」
「あのころはって、今は楽しくないんですか」
俺の見る限りでは、ときわ坂舞香の配信は今も本人自身、すごく楽しんでいるように感じる。
少なくともそう思えるからこそ、日々の配信チェックにも苦痛を感じないでいた。
「楽しくないことはないけど、仕事にしちゃうと数字を気にするようになるからね。登録者数が減ればへこんだりもするし。あとそこそこ有名になるとアンチも増えてうざいコメントも目に入ったりもするし」
「色々と大変なんですね」
「そ、大変なのだよ色々と」
それはきっと俺のような一般人にはわかりようのない、人気配信者のみぞ知る苦悩なのだろう。
「まあでも分かろうとくれただけでも嬉しいな。さ、この話はそれくらいにしてキャラメルサンド食べようか」
「どうぞ、召し上がってください」
「陽くんも一緒に食べるんだよ。今お茶入れるね」
なぜだか一緒にご馳走になることになったキャラメルサンドは濃厚な甘さが癖になる美味で、お茶との相性もすこぶる良かった。
そして俺と常坂麻玲衣はしばしの間、くだらない話に花を咲かせた。
「陽くんはさ、どんな女性のタイプが好きなの?」
「タイプですか? 推しはソフィアちゃんですが、ぶっちゃけ異性として見てるのはリアンヌですかね」
「いや、そっちのじゃなくて。現実の話で。どんな恋愛がしたいの? 陽くんは」
「なんだ現実の話ですか。俺、そもそも現実世界の恋愛って、男女が集団催眠的に存在を信じてるだけのフィクションだと思ってるんですよね」
「えっ、なにそれ……Z世代の感覚こわっ」
「そういう麻玲衣さんはどうなんですか」
「それはやっぱり、映画のような燃え上がる恋をして、いろんな障害を乗り越えた後にゴールイン♪みたいな」
「ベタですね」
「それがいいんじゃん! 女の子はみんな自分は恋愛ドラマの主人公だと思ってるんだよ」
それは時間にしてほんの数十分程度だったが、俺からすればほぼ他者との会話一年分の量に等しかった。
内容は恋愛観から始まって彼女が過去所属していたものの厳しい制約が不満で脱退した事務所の話、配信時の裏話やらエタクラの攻略情報に至るまで、実に多岐にわたった。
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