第07話_本日は男の子なり。
青座嶺の学生寮には食堂がない。
というのも学生寮として使用されている建物が元々は単身者向けに建てられたマンションだったからである。
なんでも都市開発が盛んな頃に、需要を見越して建てられたらしいのだが、半端な立地に入居率は低調で、閑古鳥が鳴いていた。
それに目を付けたらしい理事長がマンションを丸ごと借り上げ、学生寮として割安で提供してくれているらしい。
なんでも学生にひとり暮らしを体験させ、自活能力を高めることを目的としてるとかなんとか。
それは受験生や、その両親には魅力的に映ったらしく、入寮希望の生徒で志願倍率が押し上げられる結果となった。
オートロック付きの物件をかなり割安で借りられるしな。
実際に、俺もそれが目的で青座嶺学園を受験した。
理事長は青座嶺の生まれらしく、若い風を吹き込み、地域を活性化したい狙いもあったのか、地元商店街との連携も取り付けていた。
そのおかげで学園生は学生割で商店街での買い物はかなりお得になっていた。
エコバッグを食材でいっぱいにして帰宅すると、玄関に出がけにはなかった見慣れた靴が一足増えていた。
今日泊まりに来るとは言っていたが、訪問時間は予定より随分と早く感じた。
「太椋くん?」
俺の帰宅に気付いたらしい愛野から声がかかった。
「愛野、来るのが少し早かったんじゃないか」
そう言いながら部屋に入ると、そこには男子の制服を着た見慣れない愛野の姿があった。
「おかえり〜、太椋くん。どこ行ってたの?」
「ああ、ちょっと商店街まで買い出しにな。それよりその格好、急にどうしたんだ?」
「これ? 太椋くんの制服があったからなんとなく着てみたの。どお、似合うかな」
愛野はその場でくるりと回って、感想を求めて来た。
俺の制服に袖を通しているからか、根本的にサイズが合っておらず、違和感が拭えなかった。
「着られてる印象の方が強いな。サイズが合ってないせいかもしれないが」
「太椋くんもボクの制服着てみる?」
「いや、サイズ的に無理だろ」
「太椋くんなら似合うと思うんだけどな〜」
「そればっかりは遠慮させてもらう。絶対入らないだろうしな」
「そっかー、残念」
さして残念でもなさそうに愛野は肩を落としてみせた。
「明日この格好で学校に行こうかな」
「それ、俺の制服なんだが」
「そだね。太椋くんの匂いがして、なんだか守られてるみたいで安心する」
「……そういう回答を求めてるわけじゃないんだが」
予備の制服があるから、別に1日くらい貸しても構わないのだが、愛野はなにがしたいんだろうな。
「ダメ?」
「別に構いやしないが、裾踏んで転んだりするなよ」
「これ、ロールアップしても平気かな?」
「問題ないが、そこまでして着るのか」
「一度くらいは男子の制服着て学校行くのも、いい思い出になるかなって」
愛野の思い出づくりに付き合うのも慣れたもので、止める気は起きなかった。
「それなら鳩浦さんに頼んで写真撮ってもらうのもいいかもな」
「うん」
俺の適当な案に愛野は満面の笑みで同意していた。
翌日、愛野と登校すると案の定と言うべきか、クラスメイトはざわついていた。
「え、亞夢ちゃん。その制服どうしちゃったの?」
よく教室で愛野と談笑している
その後ろに控え目に立っていた
「亞夢ちゃん。その制服、今日だけだよね?」
中学から付き合っている彼女も居て、可愛い女の子を目の保養と言って憚らない卯廻は、あからさまに嘆いていた。
蘇明も愛野の男子制服姿を見て、卯廻と似たような反応をしていた。
「なんか想像してた以上に注目されちゃってるね」
「そりゃな。今までが今までだしな」
この騒ぎはクラス内だけでは収まらず、学校全体にうわさとして早々と広がっていったようだった。
それを証明するように、鳩浦さんがカメラを持って、うちの教室に早くも乗り込んで、いつの間にやら撮影をしていた。
「愛野さんがまさか男子の制服……それも太椋くんのものを着用なさるとは思いもしませんでした。それもまた青春のひとつの形ですね」
などと鳩浦さんはコメントを残していた。
物見客は後を絶たず、愛野は1日中ずっと見世物になっていた。
「さすがに疲れたよ」
「だろうな」
1日が終わり、着替えるために愛野は俺と一緒に寮へと帰宅した。
「それに
「芹那?」
「茶蔵さんだよ」
「ああ、愛野がいつも一緒にいるグループの」
「なんか男子が苦手みたいだし、悪いことしちゃったかな」
「今まで愛野を女子として接してて、急に男の格好で来られたら、そりゃ驚くだろうからな」
「だよねー」
愛野は苦笑しながら制服を脱ぎ始める。
俺が同室しているのも構わずに上着を脱ぎ、インナーのキャミソール姿をさらす。
「またそうやって……洗面所で着替えてこいよな」
「今日のボクは男の子の格好してるんだし、そこまで意識しなくてもいいのに」
そう言った愛野は、俺の右手を取り、自身の左胸に触れさせた。
布一枚越しに体温が伝わってくる。
無駄な肉は付いていないが、痩せすぎということなく、肋骨が浮き出ているような感触ではなかった。
「ほら……太椋くんと同じ男の身体でしょ。だから変に意識しなくてもいいんだよ」
つかんでいた俺の手を離した愛野は、伏した目でささやかにつぶやく。
「それとも太椋くんがボクに対して、そういう感情を抱いてるって受け取ってもいいのかな」
それから止まっていた着替えを再開させた愛野が、スラックスのベルトに手をかけたので俺は、慌てて愛野に背を向けた。
愛野は気にするなと言っていたが、やはり気持ち的に受け入れ難いものがあった。
視覚的な情報を絶っても衣擦れの音が耳に届く。
音だけだというのに、どうにも艶かしく感じてしまい、意識するなという方が無理だった。
「もーいーよ」
「本当か?」
「もー、疑り深いなぁ」
着替え終えたらしい愛野の言葉を今ひとつ信じきれなかった俺の前に、愛野は回り込んで、いつもの制服姿をみせた。
「やっぱりそっちの方が、愛野にしっくりくるな」
「そーかな」
「よく似合ってるしな」
「ありがと……なんていうか今日の感じだと、ボクは男子の制服は着ない方がいいっぽいね」
学校での一連の出来事を振り返り、愛野は苦笑しながら、今日の総括をしていた。
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