第5話 長谷川真昼、織田家野球部隊勧誘に着手する
信長様に採用されて直後のこと。
私は途方に暮れていた。
「え~、マジで? 私だけで家中に野球広めるの? 無理ゲーじゃん」
清洲城の中庭で、私は地面に野球という文字を木の枝で書きながら嘆息する。
私の横には、お守り役としてつけられた藤吉郎さんと肩に乗る猿がいる。
「仕方がないだろう。信長様はセンイチ殿と道具開発に熱中しておられる。『ボールとバットとグローブが必要なんだな、職人を集めて突貫で作業させようぞ』と仰られていたからな。忙しいのだ」
「だからってさあ、丸腰の女子高生に、ヒゲ面のおっさん武士たちを勧誘しろって? 『すいませーん、野球しませんかー?』って? 斬り捨て御免される未来しか見えないんですけど!」
そう。頼みの綱のセンイチボールは現在信長様に没収中なのだ。
監督不在でチーム結成しろとか、ブラック企業も真っ青の無茶振りだよ。
私、ちゃんと信長様に言ったよ?
未来に帰るためにボールが必要なんです。くださいっ! って。
なのに鼻で笑われ、ボールにまでこんなこと言われたのだ。
『いいか、未来から来た小娘よ。我ら英霊108のボールを集めれば、どんな願いも叶うじゃろう。じゃが、我ら英霊は勝負に飢えている。他の監督どもを倒し、この戦国の世で一番になりたいとも思うている。勝負を用意せい! 魂を震わす戦いをして屈服させよ! 野球でも、戦でもな。そのためにはまず人材よ!』
さらっと、戦でもってなんだよ。
さらに信長様まで、こんなこと言いやがるし。
「ほう、魂を震わす戦いか、なら、俺が適任だな」
不敵に笑って、懐にセンイチ入れやがるし。
は~あ、詰んでるじゃん! 信長様に逆らったらゲットしたばかりの衣食住なくなっちゃうし、一体私はどうしたらいいんだあああああ!
なんて落ち込んでいると。
「ウキー」
「そう言うな、小一郎」
「ん? 小一郎なんて言ったの?」
「『真昼には荷が重い』と言っておる」
「猿に同情された⁉ 屈辱!」
私が地団駄を踏んでいると、藤吉郎さんが顎に手を当てて考え込むポーズをとった。
うーん、男装してても溢れ出る美少女オーラ。目の保養だね。
えへへ、まさか藤吉郎さんが帰蝶だったなんて、これって令和で私しか知らない事実だよね?
ちょっと優越感。
「ならば真昼、標的を絞ってはどうか?」
「標的?」
「うむ。頭の固い年寄り衆ではなく、信長様と幼い頃より苦楽を共にしてきた若衆から攻めるのだ。彼らなら信長様の新しい趣味にも寛容だろうし、何より若くて柔軟だ」
若くて……柔軟……?
私の脳内フィルターが高速回転する。
それってつまり……ピチピチのイケメンってこと⁉
「採用! 名付けて『織田家イケメン野球チーム化計画』始動! カッコいい人を集めるぞ~」
「……まあ、容姿端麗な者は多いが、そういう動機でいいのか?」
「いいの! モチベーション大事! さっそく攻略対象その1を教えて、藤吉郎さん!」
私は木の枝を放り投げ、鼻息荒く藤吉郎さんに詰め寄った。
***
藤吉郎さんの案内でやってきたのは城内の弓当場。
そこに黙々と弓の手入れをしている青年がいた。
黒髪をキリッと結い上げた真面目そうな横顔。
憂いを帯びた瞳がまたセクシーだね!
彼の名は池田勝三郎恒興。
信長様の乳兄弟にして、側近中の側近だ。
はい合格! 誠実系イケメン、ゲットだぜ!
「そこのイケメンさん! 私と野球しませんか!」
私は満面の笑みで突撃する。
勝三郎さんはビクッと肩を震わせ、不審者を見る目で刀に手をかけた。
「……貴様、例の異形の者か。殿をたぶらかしていると噂の」
「人聞きの悪い! たぶらかしてないよ、健全なスポーツ振興だよ!」
「帰れ。今川が攻めてくるかという時期に、
取り付く島もないとはこのことだ。
勝三郎さんは再び弓の手入れに戻ってしまう。
背中を見ていると、なんだか拒絶というより焦りのようなものを放っていた。
「待たれよ勝三郎殿。彼女がしているのは殿の命令なのだ」
藤吉郎さんが助け舟を出すと、勝三郎さんは手を止めてため息をついた。
「きちょ……藤吉郎さんか……。命令とあらば無下にはできぬが、それがしには向いておらんよ」
「向いてない? やってもいないのに?」
私がキョトンとして訊ねる。
「……それがしは、器用なだけで秀でたものがないのだ」
勝三郎さんは自嘲気味に笑った。
「槍を持たせれば犬千代に劣り、武略を語れば権六殿や佐久間殿には遠く及ばぬ。何をやらせてもそこそこできるが一番にはなれん。だからこそ、人一倍鍛錬せねばならぬのだ。遊びに興じる時間などない」
ああ~、なるほど。
エリート集団の中にいる、なんでもできるけど特化型じゃない人の悩みだ。
器用貧乏コンプレックスってやつね。
「うーん、どうやって説得しよう……」
一旦勝三郎さんから離れて私が唸っていると、信長様と共にセンイチボールがやって来た。
『ハッハッハ! 悩んでおるな小娘!』
「あれ? もう職人たちのところから帰ってきたんですか? 早くない⁉」
「俺を誰だと思っている。決めたことは即決よ」
『さすが信長よ。それに比べて小娘はまだ1人も説得できておらんのか』
ムカッ! 野球知識皆無で頑張ってるというのに、なんちゅう言い草だ。
「勝三郎に目を付けたか。人を見る目はあるようだな、真昼」
ん? 今のは褒め言葉だよね? えへへ、鞭のあとにアメだってわかってるけど、嬉しいのはやっぱり嬉しいよ。
『あの若造、いい目をしておる。自分の弱さを知っておる奴は伸びるぞ』
「でも、器用貧乏だからダメだって」
『アホたれ! 野球において器用は最大の武器じゃ! そやつには自己犠牲と繋ぎの美学を説け! 派手さはなくともチームを救う、いぶし銀の役割を教えるんじゃ!』
自己犠牲……繋ぎの美学……いぶし銀……。
なるほど、理解した!
お母さんが買い物で買い忘れた品を、仕事帰りのお父さんにLINEで買ってきてとやってるあれだね。
遠回りする自己犠牲、お母さんにLINEを返す繋ぎ、家庭の食卓を救ういぶし銀。
絶対いなきゃ困る役割だよ。
私はニヤリと笑って、再度弓当場の勝三郎さんに突撃する。
「ねえ、勝三郎さん。貴方、器用貧乏って言ったけど、それって裏を返せばなんでもできるってことだよね?」
「……慰めなら要らぬ」
「慰めじゃないよ。野球にはね、貴方みたいな人にしかできない、超重要なポジションがあるんだよ!」
私はビシッと彼を指差す。
「その名もいぶし銀!」
「いぶ……しぎん?」
「そう! エースである信長様が投げ、4番である信長様が打つ。でも、それだけじゃ勝てない。誰かがチャンスを広げ、誰かがピンチの芽を摘まなきゃいけないの!」
私はセンイチの受け売りを、さも自分の言葉のように熱弁する。
「派手なホームランはいらない。華麗な守備で味方を助け、堅実なバッティングで主砲に繋ぐ。貴方がいないと、信長様のチームは崩壊する。貴方は脇役じゃない、要なんだよ!」
「殿の……要……」
勝三郎さんの瞳が揺れる。
よし、食いついた! ここで実演販売だ!
「藤吉郎さん! そこら辺の石投げて! 私が打つから!」
「ええ……危ないなあ」
「勝三郎さん! 飛んできた石を捕ってみて! 貴方の器用さならできるはず!」
藤吉郎さんが渋々投げた石を、私は手近な木の枝でカカーンと弾き返す。
不規則にバウンドする石礫。普通の武士なら避けるか斬るところだ。
でも、勝三郎さんは違った。
サッ!
瞬時に腰を落とし、イレギュラーする石の軌道に体を滑り込ませる。
正面に入ると間に合わないと判断したのか、走りながら逆手でキャッチしたのだった。
おお、美しい。無駄が一切ないのが私でもわかったよ。
「ブラボー! 今の見た⁉ あの足捌き! 貴方は生まれついてのいぶし銀だよ!」
「ウキー!」
私と小一郎が拍手喝采を送る中、勝三郎さんは呆然と自分の手を見つめていた。
「……不思議だ。今の動き、槍の石突きで敵をいなし、味方に合図を送る動きに似ている……。これなら、殿の背中を守れるかもしれぬ」
「でしょでしょ! 信長様が安心して剛速球を投げられるのは、貴方がバックにいるからだよ!」
勝三郎さんは真剣な眼差しで私に向き直り、深々と頭を下げた。
「分かった。その役目、この池田勝三郎恒興が引き受けよう。殿の作りし野球とやら、それがしが支えてみせる」
「よしっ! 契約成立!」
やったね! 誠実系イケメンは私のどストライクだよ!
「今の石の動き、横の動きが重要と見た。横歩きの動きを反復練習すればよいのか」
勝三郎さんはそんなことを言って、真面目な顔でカニ歩きの練習を始めた。
うん、真面目すぎてちょっとシュールだけど、そこがいい!
「さて、次はどこのイケメンに行こうかなー?」
こうして私の不純な動機にまみれた野球布教活動は、順調な滑り出しを見せたのであった。
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