第2話:歴史を変える前夜
仕事をクビになった。
突然現れた、ドルチェと名乗る魔法使いの言いがかりで。
……していないのに。
あの地下室は、仕事場兼居住区だった。
追い出されてしまったので、今日から寝る場所もない。
それでも仕事は続けるつもりだ。
求めている人はいるだろうし、何より、俺自身も好きだからだ。
しかし、問題はいくつもある。
修復してほしい文献のすべてが国から委託されていたものだ。個人で集めるのにはそれなりのコネが必要だろう。
とはいえ、今すぐ考えてもしょうがないか。
とりあえず宿を探すことにしよう。
歩いていたら、心とは裏腹に空が青く澄み渡っていたことに気づく。
空気も美味しく、足を止めて深呼吸する
「……これもいい機会だよな」
ひとたび仕事が始まると、数ヵ月以上は引きこもりがちになる。
外食はもちろん、遠出だって今までしたことがない。
いっそのこと文献探しの旅にでも出るか? いや魔物がいて危険か……そもそも、お金をいくら持ってるんだろう。
「手持ちも全然ねえ……」
給料は月末にもらっていたが、ほとんど仕事道具に使ってしまっていた。
俺はあくまでも下請けなので、経費として申請することもできなかったんだよなあ。
「ひっく……ひっく……」
すると、泣き声が聞こえてきた。
何だろうと思っていたら、子供が泣いている。
その手には、破れた……本?
俺は、慌てて駆け寄る。
「どうしたんだ?」
「本が……突然、ビリって……買ってもらったばっかりだったのに……」
冬は空気が乾燥するので、普段より本が破れやすくなる。
見たところ新書だし、嬉しくてつい振り回してしまったのかな。
大事なものが壊れると悲しいだろう。何より、本は俺も好きなので気持ちもわかる。
「ちょっと貸してくれるかな?」
子供をなだめたあと、子供から本を借りた。
仕事道具を取り出すと、魔法糸、魔法廼などを使って修繕していく。
本の背に裁縫を通し、ちょちょいのちょい。
――これくらい俺にとって朝飯前だ。
子供は目を輝かせる。手渡すと、大事そうに抱きかかえた。
「ありがとう!」
「おう、次から気を付けるんだぞ」
「今のは、”魔法”なの?」
「いや、ただ修繕しただけだ――」
「お前、ここにいたのか!?」
突然、大男が現れて子供を抱きかかえた。
パパ、と子供が返したところを見ると、どうやら父親みたいだ。
迷子だったのかな。そういえば、一人で買い物できる年齢にも見えないもんな。
「パパ、この人がね――」
「うちの子に、何を!?」
「え、いや、その、あの!?」
パパは怪訝そうな顔で俺を見つめてきた。声が大きかったからか、周りに人だかりができてくる。
子供は何か言おうとしてくれたが、人が怖くなった俺は急いでその場から逃げる。
「ふう……人が多い所は苦手だ」
仕事柄のせいか、誰とも話していなかったせいで言葉が詰まる。
子供はまだしも、大人はやっぱ怖い。
ドルチェと話したときは俺も感情的だったので話せたが、冷静になった今はおどおどしてしまう。
しかし俺は本を修繕しただけだ。
あんな不安そうな目で見なくても――。
「うわぁ……」
雑貨屋の窓に映ったガラスの俺は、明らかに不審者だった。
ボロボロの半袖と膝の擦り剝けたズボン。シャツには黒いインクがついている。
目には凄まじい隈があり、色白で、明らかに健康的じゃない。
……これは不審者だわ。
つらい。
クビになったこともそうだが、さっきまで歴史を読み解いていた自分とのギャップに耐えられない。
まずは服を買おう。そして宿に――いや、待てよ。
金がない。
え、終わった? 人生、終わり?
「ひっく、ひっく……」
その場で子供みたい泣いてしまうも、誰も助けてくれなかった。
しかし、興奮したからだろうか、体がポカポカしてくる。
これは覚えておこう。
だが現状は何も変わっていない。
人付き合いが希薄だったせいで、知人なんてものもいない。
金だ、とにかく金を稼ごう。
その為には手に職がいる。
しかしそう簡単に文献の修復なんて仕事は落ちてないだろう。
うんうんと唸っていたら、ハッと妙案が浮かぶ。
「冒険者になろう。そうだ、力でねじ伏せるんだ」
俺は男、男といえばパワーだ。
この貧弱な腕でどうにかなるとは思えないが、支援くらいはできるかもしれない。
例えば荷物持ちとかだ。
10キロ以上の武器や防具は無理だが、3キロぐらいならいける気がする。
短剣、くらいなら多分そのくらいだろう。
必要かどうかはさておき、できることはある。
肌寒さを感じながら冒険者ギルドを目指す。
みんな俺のことを見つめてくるのは、多分、マジで変なやつだと思っているのだろう。
こう見えて結構、世の中の為になる仕事をしてきたんですよ。
そんなこんなでギルドに到着。
外観は何の変哲もない木で作られたものだが、その看板には剣と盾の模様が描かれている。
今までの俺にはまったく縁のなかったものだが、こうしてみるとなぜか親近感が湧いてくる。
根拠は一切ない。
俺は扉に手を掛ける。
ここから始まる、未来への扉だ。
しかし、一向に微動だにしなかった。
「まさか定休日か? そういえば日曜日か」
なるほど、俺の知らない間に冒険者ギルドはホワイトになったのか。
これも時代の流れだなあと思っていたら、後ろから野太い声で「おい」と言われた。
「どけ」
恐ろしいほどデカい大男だった。いや、実際は2メートルくらいだが。
でもそれが四人も。彼らは巨人族か? と思ったが、ただの俺と同じ人間っぽい。
腰には剣、背中には斧や弓、身体中には傷跡がある。
冒険者だ。直感で、それがわかった。
しかし休みの日なのになぜ? そう思っていたら、いとも簡単に扉を開けた。
なんてことのない話。
ただ俺の力が、ほんのちょっとだけ足りなかったってことだ。
「お前、入らねえのか? いや待て、その怪しげな風貌、冒険者とは思えない脆弱な体つき……まさか魔法使い……か?」
「え?」
すると、男たちがワッと騒ぎ始めた。
その声を聞きつけたのか、中から同じような戦士が俺を囲む。
怖い、怖すぎる。なんだこの
「俺のパーティーに来てくれよ! 稼ぎもいいぜ!」
「いや、うちだろ! デカいアジト持ってんだ!」
「私たちは女性だけのパーティだけど、魔法使いなら男でもいいわ!」
熱烈歓迎すぎて恐ろしい。ちなみに女性たちもみな筋肉が凄まじかった。
俺は「ち……違います……」とか細い声で否定する。
すると、みんなの表情がスッと真顔になった。
「何だ、紛らわしいやつだな。お前みたいな色白で細腕なやつに冒険者は務まらねえよ」
「貧相な体、まるで地下室にこもってたみたい」
「嘘つき、嘘つきネ」
冷たすぎる。
しかもなんで最後の奴だけちょっとカタコトなんだ。
魔法使いは常人の100人以上の力を持つと聞いたことがある。
冒険者にとっては喉から手が欲しい存在なんだな。
ただ、俺みたいな怪しげな風貌なのかは気になるが。
とりあえず冒険者になるのは辞めておこう。
どうしようもなくなった俺は、その場で項垂れる。
というか、久しぶりに歩いて疲れた。
何か食べ物でもないかとポケットを探っていたら、なんと煌びやかな金貨を見つけた。
「マジですか……」
追放する魔法使いがいれば、拾う神もいる。
そういえば入れた覚えがある。金に無頓着すぎるのは、俺の悪い癖だな……いやでもよくやった俺。
同時に大雨が降ってきたこともあり、逃げ込むように近くの宿に入った。
「金貨? 悪いけどお釣りはないよ。最近は宿に泊まってくれる人もいなくてね。冒険者も減ってるし、魔物も駆逐されないから経済も回らない。魔族のせいで税金は高くなるし……」
宿の店主は、俺の金貨を見るなり最近の愚痴っぽいことをすべて吐いた。
どうやら俺の知らない間に世間は色々と大変らしい。
しかし、お釣りがないかわりに一ヵ月間宿泊できると言われた。
一日二食付きらしく、少し悩んだが、ひとまずここを拠点にすると決めた。
そんなこんなで宿が決まった。
案内されたのはボロボロの部屋だったが、ベッドと机もあって、ひとまず人間らしい生活はできそうだ。
横になり、これからのことを考える。
俺の仕事は古い文献を復元し、その対価にお金をいただくことだ。
誰かに文献を探してもらうにしても、その依頼する元手がない。
冒険者になって稼ぎたくても、2メートル以上の大男でもないと不可能そうだった。
せめて俺が魔法使いなら違ったんだろうな。
それならドルチェにも反論できただろうし、舐められることもなかった。
いや、魔法で魔物を狩って素材を売りさばき、文献を買い取れば一人で生きていけるのか。
店主も、魔物が駆逐されずにいっぱいいると言っていたしな。
自分の力だけで、生きていける。
魔法使いは、その代表格だろう。
しかし、今も昔も、魔法を扱えるかどうかは生まれた瞬間に決定することは世界の常識だ。
その理由は、体内にある魔力心臓と呼ばれる器官の有無にある。
それがなければ、魔力は一切生み出されない。
文献にも書いていたことだが、本当に手段はないのだろうか?
俺は、常々そう思っていた。
気になってしまうと居ても立っても居られない性格ということもあり、机に座って、羊皮紙とペンを持つ。
俺が修復した火の文献には、空気中に漂っている魔力を使い、炎を増幅させると書かれていた。
つまり、空気中に漂っている魔力を操作することさえできれば、俺のような魔力を持たない人間でも魔法が扱えるんじゃないか?
気づけば魔法の発動手順を書き始める。
通常の魔法使いは、体内の魔力をかき集めながら、火や水、風を脳内でイメージする。
その鮮明なイメージを掌に集約させたり、形として外へ送り出すのだ。
しかし、そのかき集めるという行為を、外部で行い、外部で発射することができれば?
書いては消し、書いては消す。
すると俺の中で一つの仮説が浮かび上がってくる。
「……本だ。本に術式を書き込めばいいんだ」
外部の魔力を取り込み、本の中に疑似的な魔力心臓を作り、本の中で魔法を生成する。
これができれば、俺のような普通の人間でも、後天的に魔法が使えるようになるかもしれない。
幸い時間はたっぷりある。
試してみる価値はありそうだな。
◇ ◇ ◇ ◇
ラルフの元職場には、沢山のワインセラーが並んでいた。
昔の机などはすべて捨てられ、高価なものばかりが置かれている。
「さて、今日はどの
年代を眺めながら、一つのワインで手を止める。
それをワイングラスに注ぐと、優雅にソファに座った。
まずは色を楽しむ。それからグラスを揺らし、匂いを楽しむ。
最後に味を楽しんだ。
「ふむ、やはり私のような天才には、
男の名前は、ドルチェ・ネット。
生れながらにして魔力を有す、世界でも希少な魔法使いである。
幼い頃から神童と呼ばれた彼は、多くの魔物を駆逐してきた。
ラルフの仕事にはまったく興味はなかった。
だが、この建物が一定の気温を保っていると聞き、どうにかして奪えないかと模索したのだ。
その過程で輸送予定の火の文献を手に取った。
試しに空気中の魔力をかき集めようとしたところ、制御不可能となり火傷してしまった。
「あの”人間”め。私が死んだらこの世界の損失なんだぞ」
ドルチェは、魔法使いは神に選ばれた崇高な存在であり、そうでない人間はゴミ以下だと思っている。
また、貴族ということもあり、他人を見下すことが当たり前でもあった。
つまりラルフを追放することは、ドルチェにとっては日常となんら変わらないものである。
「ドルチェ様!」
ドンっと扉を開けて現れたのは私兵だった。
ドルチェは眉を顰める。
「勝手に入って来るなと言っていただろう。――お前、死にたいのか?」
指先に小さな火を漲らせると、私兵はぎょっと体をのけぞらせた。
「
「……なに?」
しかし、その言葉を聞いたドルチェの表情が一変する。
彼らの力は魔法使いを遥かにしぎぎ、たった一人でも国家武力に匹敵するという。
当然、並の魔法使いにとって最も憧れの存在である。
「もしかして私も、
気を良くしたドルチェはご機嫌そうに鼻歌を歌う。
「他には何か言っていたか?」
「火の文献について、お聞きしたいと言っていました」
ドルチェは、ラルフのことを思い出す。
そして、ラルフが復元した火の魔法文献についても。
「あのデタラメ術式のことか。なるほど、随分とお怒りなのだな」
魔法も使えないくせに口答えした嫌なやつだった。
あいつを殺せというのなら、喜んでその命令を受けよう。
と、ドルチェはせせら笑った。
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