第4話 政策

 牢の中での生活が始まった。

 処刑されたことになった身として、拙者たちは名を失い、時を失った。日と夜の境は曖昧で、石壁の湿り気だけが確かな現実だった。


 だが、ただ閉じ込められていたわけではない。

 牢の前には常に幕府の役人が座し、筆と帳面を置いていた。拙者たちが口にした言葉は、一言一句、書き留められる。意見は独り言ではなく、必ず誰かの手を経て、どこかへ運ばれていく――その事実が、牢の空気をわずかに変えていた。


 最初に口を開いたのは、正雪先生だった。

「浪人が、士官でなければ生きられぬ世が問題なのです」


 役人は無言で筆を走らせる。

 正雪先生は続けた。刀を取らずとも、算盤を弾ける者、読み書きに通じた者、農や手工に長けた者がいる。にもかかわらず、浪人というだけで門前払いされる現状を改めるべきだ、と。


「幕府が仲立ちし、働き口を示せばよい。士官でなくとも、人は生きられる」


 数日後、返答があった。

 幕府は、役人を通じて浪人に仕事の斡旋を行う。商家、土木、書役、寺社――刀を差さぬ職も含め、口を開くという。

 さらに、各藩へ通達が出された。浪人の登用を妨げるな、と。


 すぐに世が変わるわけではない。それでも、江戸の町で、浪人が仕事を得たという話が、ぽつりぽつりと牢まで届いた。

 拙者は、そのたびに拳を握った。ほんの小さな穴でも、壁は崩れ始める。


 次に正雪先生が出したのは、末期養子の件だった。

 世継ぎのない大名が死ねば、藩は取り潰し。統治に問題がなくとも、藩士は浪人となる。しかも、死の直前に養子を取ることは禁じられている。

「これでは、浪人は減りませぬ。増えるばかりです」


 役人の筆が、わずかに止まった。

 これは、幕府の根幹に触れる話だ。拙者も息を詰めた。


 結論が出るまで、時間はかかった。

 だが、最終的に幕府は折れた。末期養子を認める。ただし、年齢制限を設ける。乱用を防ぐためだという。


 完璧ではない。だが、確かに前へ進んだ。


 ある日、思いもよらぬ許しが出た。

 拙者たちは交代で、江戸の町の様子を見に行くことを許されたのだ。


 条件は重い。

 一人ずつ。必ず幕府の役人が同行。もし何かあれば、牢に残る仲間の命で償う。


 それでも、拙者は名乗り出た。


 久しぶりの江戸の町は、眩しかった。人の声、油の匂い、木の軋む音。

 浪人らしき者が、商家の裏で荷を運んでいる。寺の書役として帳面を抱える者もいる。刀を差さぬ腰が、以前より増えた気がした。


 役人は何も言わず、ただ拙者の後ろに立っていた。

 拙者は、見た。

 飢えずに生きている浪人を。怨嗟ではなく、明日の話をする浪人を。


 牢へ戻る道すがら、胸の奥が熱くなった。

 拙者たちは、自由を失った。名も未来も失った。

 それでも、無駄ではなかったと、初めて思えた。


 石壁の向こうで、世は静かに形を変えつつあった。

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