第3話:赤い光
通知音が、連続して鳴った。
一つではない。
間隔も不規則だ。
画面の右上で、赤が増殖する。
小さな点が、列を成し、面になる。
ソウタは、深く息を吸った。
処理開始。
発信源の特定。
優先度の算定。
緊急度は――中。
だが、量が多い。
仕事のチャット。
共有ドキュメント。
タスク管理ツール。
「例の件、納期前倒しでお願いします」
「方向性、ちょっとズレてません?」
「このままだと困ります」
一文ずつは、致命的ではない。
だが、同時に投げ込まれると話が変わる。
赤い点が、重く感じられた。
光なのに、質量がある。
胸の奥に、沈む。
ソウタの指が、キーボードに触れる。
カタカタと、乾いた音。
返信は速い。
正確だ。
感情の混入はない。
「確認します」
「調整可能です」
「問題ありません」
問題はない。
少なくとも、システム上は。
だが、別の入力が割り込んでくる。
SNS。
流し見していたタイムラインに、鋭い言葉が引っかかる。
「その考え方、もう古い」
「効率ばかりで人が見えてない」
誰に向けた言葉かは、わからない。
だが、矢印は十分に鋭い。
ドリルのビットのように、一点を狙って回転する。
防衛レベル、引き上げ。
ソウタの背筋が、無意識に伸びる。
肩が固まる。
視線が壁の時計へ向かう。
いつの間にか深夜になっていた。
いつから作業していたのか、思い出せない。
「雑音だ」
そう、内部ログに書き込む。
雑音。
ノイズ。
意味を持たない信号。
だが、排除が追いつかない。
批判。
要求。
暗黙の期待。
「もっと早く」
「もっと柔軟に」
「普通は、そうする」
普通、という単語が、厄介だった。
基準が不明瞭で、境界を侵食する。
赤が、強くなる。
警告灯が、点灯から点滅へ変わる。
そのとき、ふと、ユウの声が脳裏をよぎる。
「最近、返事が早すぎる」
思考が、一瞬だけ遅れる。
その隙を、これまでなら許さなかった。
防衛モード、最大。
通知を閉じる。
アプリを落とす。
外部接続を遮断。
世界が、静かになる。
静かすぎる。
キーボードの音だけが、残る。
規則正しい。
完璧だ。
だが、胸の奥に、何かが残った。
排除できなかったデータ。
名前のつかない違和感。
「癖のようなものだと、自分でもわかっている」
その自己認識が、遅れて浮かぶ。
守るために、閉じる。
閉じることで、失う。
失ったもののリストは、まだ、表示されない。
ただ、観葉植物の葉が、照明の下で、静かに影を落としていた。
水は、足りているはずだ。
それでも、葉先は少しだけ乾いて見える。
警告灯は、赤く、安定して点灯していた。
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