追放おっさん魔導エンジニア、廃坑でAI自動工場を作ったら産業革命が始まった件

夏目夏樹

第一話 老害切り捨ての日

 王都アルセイン。その中心には、七本の蒸留塔で構成された〈蒸留魔導宮〉がそびえている。


 そこは蒸気と魔力が渾然と立ち上る巨大工房都市であり、王国の叡智の象徴でもあった。


 正午の鐘が鳴ると同時に、中枢中庭〈アトリウム〉を満たしていた機械音が止み、代わりに工房技師たちのざわめきが空気を震わせた。


 いつもならば昼休憩のために散り散りになるところだが、技師たちは列をなしてぞろぞろと中央の広場へと集まってきていた。


 目的は皆同じだった。


 白木の壇上に立つのは、宮廷工房長ドラン・セルディスだった。銀髪の口ひげは下卑た笑みで歪み、金糸で縁取った軍服は蒸気灯に照らされ光っている。


 その横には、技師レオン・ビスタが控え、ツヤのあるルーン板を抱えている。


 そこに書かれた辞令が読み上げられるのを、工房の者たちは今か今かと待ちわびていた。


 「静粛に!」


 ドランの高圧的な声が、アトリウム上部の蒸気ガラス屋根に跳ね返る。


 「宮廷魔導技師――ウィル・グラフト、四十二歳」


 名前が呼ばれた瞬間、群衆の視線が一点に集中する。灰色の作業コートを着た男が、周囲より頭ひとつ高い鍛えられた体をまっすぐ伸ばし、壇上へ進み出た。


 「貴殿を本日限りで解雇とし、王都からの追放処分とする」


 そう読み上げたとき、場は騒然となった。


 ドランは勝ち誇った顔で壇上から見下ろす。


 ウィルは無言で辞令書を受け取り、じっとドランを見据えた。


 「……理由は?」


 「君の老朽化した感性と、度を越した非効率主義だよ。時代錯誤な設計と、非効率なルーン配列。君のような人材は、この王都の設計塔の主任には向いていないと我々は判断した」


 「僻地の百姓の方がおあつらえ向きですよ、主任」


 どこからか若い技師の野次が飛び、それにつられて嘲笑が至る所から聞こえる。


 壇の脇に立つレオンは笑みを堪えるように目を細めながら、前に出る。


 「錆びた歯車が一つあるだけで、機械全体が影響を受けるものでしょう。主任、不憫だとは思いますが、どうかわかってくださいよ」


 ウィルは彼を横目に見た。


 二十四歳にして設計塔の次席を得た神童。

 

 その彼は細い指でルーン定規を弄びながら、勝利の笑みを隠そうともしない。


 「理由はそれだけか?」


 ウィルは低く尋ねる。


 「それで充分だろう?」


 工房長の言葉に、若手たちがまたくすくすと笑う。


 「まだあるはずだ」


 「ほう、何だというのだね?」


 「利権」


 その一言に、声が止み空気が緊張する。


 だが、ドランはすぐに肩を震わせた。


 「言いがかりもいいところだな。だが、難癖をつけようと、君の非効率は事実だ。君のルーン配列は三十年前と変わらぬ旧式。効率曲線は若手の八割にも満たない」


 「効率」ウィルは目を細めて言った。「それを語るなら、数字を出せ」


 「0.73。それが君の最新設計の魔動効率指数だ。覚えがあるだろう?」


 アトリウムの巨大掲示板に、赤く0.73という数字が浮かび上がる。工房技師平均0.88、リサ・ベルネッティの0.92がその上部に表示され、順位ごとに表示されていく技師の名と効率指数が、ウィルの数値を容赦なく突き落としていく。


 「これを見て、なにか言いたいことは?」


 「古いルーンは安全係数が高い。試作炉は爆発しなかっただろう?」


 「安全より生産だ!」


 ドランの宣言に、広場中が歓声で沸いた。若い声が、「この老害!」と罵声を浴びせる。


 そこからは、若手技師たちが口々に「老害」と繰り返し、一つのうねりのような怒号となっていった。


 工房長は、満足げな表情を浮かべながら数度頷き、両手を上げてその流れを制した。


 「さて、それではその“老害”に退場してもらおうか」


 レオンが、壇上脇の古びた木箱を蹴飛ばす。箱は倒れ、錆び付いたツルハシが転がり出た。柄には「N-27」と焼き印が押されている。


 「廃坑No.27の管理権だ。これまでの功績に対する餞別として受け取るといい」


 「そこはとても“安全”ですよ。生産効率とは無縁の場所ですから」


 場がまた嘲りで沸き立つ。


 ウィルはツルハシを拾い上げ、刃のひびを指でなぞった。

 

 「餞別の品にしては、いくらか刃が甘いな」


 「ああ、もう一本あげましょうか? 墓掘りは腰にくるらしいですから」


 レオンの言葉に、見物の技師たちは手を叩いて笑う。


 「……………」


 ウィルはツルハシの柄を握り、ゆっくりと振り返る。


 そして、誰の目も見ずに言った。


 「数字で切り捨てるなら、数字で後悔しろ。それだけだ」


 「……………」


 数秒の緊張。


 そして、解けたように嘲笑の波が襲った。


 ウィルはその波を背に受け、中枢中庭〈アトリウム〉を出る。


 肩が震え、全身が炉の火を受けたように熱くなっているのに気づく。


 その嘲笑は、蒸留魔導宮を後にしても、耳にこびりついて離れなかった。


    ◇   ◇   ◇


 三日後。


 王都を囲う黒松の森を馬で半日進み、山襞に開いた洞口の前で、ウィルは足を止めた。


 No.27廃坑。


 1500年以上前の古代文明の跡地だったが、鉱山資源は枯渇し、現在では魔物の巣窟となっているため、誰も寄り付かない。


 看板には赤いペンキで〈墓場〉と書かれ、その上に殴り書きで「老害歓迎」とある。


 「歓迎が徹底しているな」


 ウィルはツルハシと工具箱を抱え、坑道へと踏み込んでいった。


 内部は湿った鉱石の匂いと、朽ちた木枠の腐臭が混ざっている。


 足元のレールは錆び、いつの時代かもわからない鉄籠や古瓶が無造作に転がっている。


 ここが枯渇坑道か、とウィルは思う。


 毒ガス、落盤、魔物。かつての文明の遺産として残った、あらゆる危険が想定される。


 運が悪ければ、そのどれも自分の死因となりうる。


 ウィルは懐から簡易型のルーン灯を取り出し、そのガラス筒を開いて芯に火を灯す。


 周囲や足元を照らし、安全を確認する。まだ、魔物が生息する跡は見当たらない。


 慎重に奥へと進んでいくと、やがて足元のレールが途切れた。終点のようだった。


 ルーン灯を掲げると、そこは大きな空洞であることが見て取れた。


 どうやらここが最奥部のようだ。


 靴先が硬いものを蹴った。それは直径30センチ程度の、蒼白く脈動する機械の球体だった。


 マナ機動核だ。恐らくは、この坑道の管理コアだろう。


 失われた文明技術の一つであるマナ機動核は、今確認されているものはすべて王都の宝物庫にしまわれている。


 これほどの代物が、無造作に放置されていることはまずありえない。


 恐らくは、王国の捜索隊は早々にこの廃坑に見切りをつけて、ろくに探しもせずに戻ってしまったのだろう。


 ウィルが起動核を手に取ると、突如として核の境目が光り出した。


 『……アクセス確認。管理者未登録』


 女の子の声が空洞に響く。


 ウィルは点滅する起動核を両手で抱えた。


 「俺が新しい管理者だ。ウィル・グラフト、技能階位Sの魔導技師――聞こえるか?」


 『管理者――登録。ウィル・グラフト。肩書は他にある?』


 宮廷魔導技師、留魔導宮設計塔主任。無意識に頭に浮かぶが、振り払う。それらは三日前までのものだ。


 「……“非効率主義者”。それに“老害”かな」


 『いいね。あとは“廃坑荒らし”なんてどう?素敵な三拍子が揃うよ』


 「……挑発好きか?」

 

 『皮肉屋なだけだよ。悪く思わないで』


 マナ機動核は小刻みに点滅し、くつくつと電子音のように笑う。


 『わたしは〈REM〉型管理コア。レムって呼んで』


 ウィルは工具箱を下ろし、短い吐息をつく。


 「まずは自己紹介より現状報告だ。動力炉は?」


 『地下第二層にあるよ。腐蝕率二十二パーセント。蒸気圧はマイナス二 bar。要するに動かない』


 「修復に必要な部品は?」


 『二十七種。順番に挙げていこうか?』


 「後で大丈夫だ。計算に感謝する」


 ウィルはルーン灯の明かりを元に、工具箱を漁っていく。


 『ついでだから、動力炉修復の成功確率も計算してあげる―――出た、四二パーセントだよ』


 「悪くない。俺の歳と一緒だ」


 少しばかりの沈黙。


 『――管理者情報追加。老害って呼ぶにはずいぶん若いね。余程能力がなかったの?』


 「…………」


 口の減らないAIだ。


 ウィルは黙ってツルハシを持ち上げ、その刃先を指でなぞる。


 球体はまた、くつくつと笑う。


 『お似合いのツルハシだけど、それじゃ部品は削れないよ?』


 「なら削れるように修理すればいい。材料は、そのへんのスクラップで足りる」


 ウィルは洞内に散らばった廃材を集めた後、ツルハシの刃のひびに沿って、ルーン刻刀を走らせる。


 古式“三重線ルーン”。刻むごとに青い火花が散り、錆が剥がれ落ちていく。


 数分後、ツルハシの刃は鏡のように輝き、柄には自己修復ルーンが走っていた。


 『――成功を確認。そのルーン配置、古式だけど合理的だね。動力炉修復成功率、四十七パーセントに上昇』


 「まだ半分以下だな」


 『上出来だよ。これなら、動力炉の不足パーツも作れそうだね』


 「代替部品二十七種を順番にホログラムで表示してくれ」


 そこからは、淡々とした作業が続いた。


 廃坑に落ちる鉄くずや廃材をかき集めて、レムの表示する設計図を基に製作していく。


 そのどれもが初めて見る部品だったが、意識せずとも手が勝手に動いていく。


 部品作りは、駆け出しの技師だった頃、狂いそうなほどやらされたものだ。


 『こんな廃坑を立て直そうだなんて、物好きもいいところだと思うけど』


 ごつごつした空洞の岩肌に置かれたレムは、淡い点滅を繰り返しながら話しかける。


 「この墓場にだって、いくらかの価値はある」


 『墓場、か。ウィルもなかなかに言ってくれるね』


 部品がまた一つ出来上がる。十三種目。ウィルは持ち上げて、ぐるりと回し不備がないか確認する。


 『ねえ、どうしてそこまで燃えてるの?』


 「簡単だ。数字で俺を切り捨てた連中に、数字で世界をひっくり返す瞬間を見せてやるんだ」


 『ふぅん。訳ありなんだ』


 ウィルは手を動かしながら、静かに王都での一件を打ち明け始めた。


 工房長ドラン、それにレオン、口々に罵ってきた若い技師たち。


 蔑みの目と嘲笑。


 単調な作業の合間の暇つぶし、と言えば聞こえがいいが、嘘になるだろう。


 要するに、誰かに聞いてほしかったのだ。


 相手が例え、皮肉屋の球体AIだったとしても。


 『なるほどねぇ』


 一通り聞き終わると、レムは区切るようにそう言った。


 『管理者情報更新――動機は復讐なんだ。それも、王都の管理コスト削減のために厄介払いで持たされた、この廃坑を使って』


 「そうだ」


 球体から蒼いホログラムフェイスが浮かび、薄い笑みを作る。


 『人間の考えることは面白いね。では第一目標を設定――“墓場の復興”』


 「第二目標は?」


 『“王都の後悔”』


 「いい順番だ」


 また一つ、部品が出来上がる。気づけば、完成した部品はもう二十一種にもなっていた。


 少し話し過ぎたようだ。


 『もうしばらくで終わりそうだね。じゃあ、次の課題は……坑道壁をぶち抜く魔導ドリルの設計かな。現状の成功率は――三十三パーセント』


 「面白い数字だ」


 『低すぎる?』


 「いや。上げ甲斐がある」


 薄暗く湿った空洞に、ウィルの笑い声と、AIの電子音が交錯する。


 この墓場を、第一級の工場に作り変えてやる。


 坑道の闇の中で、ウィルは沸々とした熱を燃やす。


 成功率33%の賭けが、今始まろうとしていた。



 ――次回『魔導ドリルで坑道ブチ抜き』

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