第2話 最弱勇者と折れた聖剣 天界崩壊まであと1000年
落ちる、落ちる、落ちる。
私は今、下界に向かって落ちていた。
ものすごい風。
ものすごい音。
ものごい速さ。
久し振りに外に出た私には刺激が強すぎる。
帽子が飛ばされないよう両手で押さえるので精一杯だ。
下界へ神託を授ける使徒天使は、毎回こんな目に遭っているのだろうか。
落下を補助するような魔法を作るべきかもしれないな。
いや、しかし、彼女たちには翼があるのか。
翼を広げて風を掴めば──って翼なら私にもあるじゃないか!
しかも、始天使だけが有する四枚もの翼が!
普段は鏡の前でポージングを取るだけの装飾と化していたが、そういえばコレでも飛べるんだったな。
「よーし、少しずつ……少しずつ開くぞ……」
自分に念じながら四枚の翼を広げていく。
生まれながらの天使である私にとって、飛翔など造作も無いこと……のはずなのだが、あまりに久し振りすぎて少し怖い。
初動はやや不安定だったが、次第に感覚を取り戻していく。
一枚一枚の羽根に風が絡まり、徐々に減速。
遂に翼は完全に広がり、落下は浮遊へと移り変わった。
烈風は頬を撫るほどになり、轟音は耳に囁くほどに。
やがて、周りを見渡す余裕ができ始め、絶景に心を奪われるまでになった。
私の敬愛する女神デア様が創り出した世界。
私たちが管理を宿命付けられた世界。
なんと美しいのだろう。
大陸各地に点在する
「……む……なんだあれは」
そうやって陶酔していられるのも束の間の出来事だった。
とある景色に、私は一気に現実へ引き戻される。
名匠の描いた絵画に残された一点の汚れ。
太陽が沈む東の地に佇む黒い影。
目を凝らしてみると、それは巨大な城だった。
「あれは……まさか魔王の城か!?」
私は山岳にそそり立つ城を睨む。
闇を身に纏った傲慢で刺々しい風貌。
そこから放たれる禍々しいオーラは闇の眷属たる魔物のものに違いない。
心の奥底に僅かではあるが、恨みや嫉妬が湧いて出た。
穢れなき者の象徴である始天使にも邪な心が無いわけではないのだ。
魔王め、許さないぞ。
美しい大地を穢し、地の民たちの命を奪う傍若無人な行為。
そして何より、私たちの魔法管理局より遥かに大きい根城を持っている!
しかもちょっとカッコいいじゃないか!
今に見ていろ、と捨て台詞を呟き、私は魔王城近くの荒れ果てた地に降り立った。
浮遊の途中で村らしきものを見つけていたのだ。
まずは事情聴取と行こうじゃないか。
バニーに詳細を聞いてくるのを忘れてしまったからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おーい! 誰かいないのかー!」
声を掛けるが、返事は無い。
これで4回目だ。
サンダルが砂利を踏む音だけが村に響く。
偉大なる魔法の始天使マギウェル・デア・フィーネが「光臨」したというのに歓迎はおろか人と会うことすらままならないとは。
「私は怪しい者ではないぞー! おーい!」
やはり返事はなかった。
どこかで窓の揺れる音が聞こえた気がするが、ヒューマンによるものか、小動物が駆け抜けただけなのか判断はつかない。
魔法で探ることも可能だが、そう急くこともないだろう。
魔法は便利な道具などではないしな。
それにしてもひどい有様だ。
「魔法の管理者」という職業柄、下界の様子は度々目にするのだが、ここは一番と言っていいほど荒廃している。
空気は埃っぽく、木々は枯れ、噴水は干からびていた。
ひび割れた石柱と腐りかかった木材の家々は、触れただけで倒壊してしまいそうだ。
というか魔物領の間近にこんな村があったのだな。
恥ずかしながら全く知らなかった。
それはつまり魔法使いがいない、ということになるのだが。
「……ついに誰とも会うことなく村の端まで来てしまった……最後に私を歓迎する建造物は……教会か」
この村で唯一立派と言える建物。
微かにマナを帯びた石レンガの壁に、背丈の二倍ほどあるアーチ状の木扉、鋭角な三角屋根を冠している。
正面には紋章が掲げられていた。
瞳を閉じた女性と彼女を包むように並べられた羽根。
それは女神と天使を信仰する者たちの印だ。
私は嬉しいような疎ましいような複雑な気分になる。
一般的な天使は信仰を生きる糧としているが、原初の存在である私たちはそうではない。
嫌味ったらしくなってしまうが、空を飛び交って適当な助言をしているだけで永遠を生きられる天使より、毎日命懸けで短い時を奔走する地の民の方がよっぽど立派だと思っている。
まあ、私のような考え方は少数派なのだろうがな。
天界の中で、というよりは、地の民の認識の問題だ。
さて、どうしたものかな。
せっかくだから女神像の出来栄えでも見て行くとするか。
それで誰とも会わなければ「死人すらいなかったが、どうしよう」と天界に相談しよう。
教会の扉に手をかける。
古びた木板がギシッと唸りを上げたところだった──
「──あ、痛ッ!!! う、うわ!!!」
うなじにチクリとした感触。
手を伸ばしてみれば、なんと矢が刺さっていた。
慌てて振り返るとヒューマンの男が二人が立っていた。
どちらも青年というくらいで、片方は剣を構え、もう片方は長弓に矢を番えようとしていた。
その面にはあからさまな恐怖が張り付いている。
「おいゴルド、全然効いてないぞ!」
「クソッ、確かに刺さったと思ったが……オーラム、やっぱコイツ魔物だぜ」
「ま、待て! 私は魔物じゃないぞ!」
両手を挙げて無抵抗を示す。
だが、青年ゴルドは弓矢をこちらに向けてきた。
その眼光は鋭く、殺意を帯びている。
「嘘をつけ! また俺たちに化けているんだろう! もうその手は食わないぞ!」
「やっぱ魔王軍が進軍してくるという噂はマジだったんだ……どうせ死ぬなら最後に足掻いてやるぜ……!」
「お、お、落ち着け! いや、落ち着いてください! そうだ……! 魔物ならば瞳が赤色でしょ! ほら、私は金色! ゴールドとか麦酒とかと同じですよ!」
「「あ、確かに……」」
張り詰めた空気が一瞬、綻ぶ。
その証拠に目の前で震えていた矢尻は地面をさすようになった。
良かった、と胸を撫で下ろす。
危うく罪なき者たちを闇に葬り去るところだった、と。
「わ、私はマギ……じゃなくて至高の魔術師。えーと、旅の途中だったのだが迷ってしまってな」
「こんな状況で旅だって?」
「ここは地図からも消された【エンドフィート村】だぜ……? 魔王城に近いからとっくに滅ぼされたと思われてる」
再び突き刺すような視線が私を襲った。
何とか誤解を解こうと、必死に頭を働かせる。
「ああ、いや……その、実は勇者を探しているんだ! 魔王城近くで待っていれば会えると思ってな」
私の言葉に二人は顔を見合わせた。
そして口を揃えて言う。
「「アイツか……」」
何故か落胆したような表情であった。
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