Log. 07 ――絶望は、スクリーンの中で踊る。

 ――東側、地下通路。

 闇を切り裂く発砲音が、コンクリートの壁に反響した。


「っ! 場所がバレてます! 移動しましょう」

「いや、ここは一本道だ。背中を向けたら撃たれるぞ」


 葛城の提案を、伊勢が低く鋭い声で退ける。


「相手に殺意があるとは限らないでしょう!」

「どうだか。今のは威嚇射撃じゃねぇ、確実に俺らの頭を狙ってた。この暗闇でこの着弾精度……あいつら素人じゃねぇぞ」


 伊勢の顔から余裕が消える。

 通信エラーで本部のサポートも受けられない、孤立無援の状況。


「……通信ができないなら、発砲許可の申請もできません」

「あっちが先に撃ってきた。だから正当防衛だ」

「そんな言い分、通るわけないでしょう!」

「だろうな。間違いなく始末書だ」


 伊勢はケロっと言い放つが、その瞳は冷え切っていた。


「復帰後、射撃の腕は健在か?」

「一通り、訓練は受けてきました」

「なら安心だ。いいか、足を止めろ。狙いやすいところで構わん」

「簡単に言わないでください……!」


 葛城は銃を構え、震える指先を意識の外へ追いやった。


「お前ならできる」


 その言葉を背に、葛城は引き金を引いた。

 銃声と共に、闇の向こうで男の呻き声が上がる。


 続く二発、三発。

 暗闇に火花が散り、激しい交戦が続いた後、足音が遠ざかっていった。


「行ったか?」

「……一人、外しました」

「よくやった」


 伊勢は慰めるように葛城の背中をポンと叩いた。

 その瞬間、途絶えていた無線がノイズ混じりに復活する。


『伊勢警部、葛城、聞こえるか? こちらで犯人二人を確保した。捜索を切り上げて戻れ』


 渡峯の声に、葛城が目を見開く。


「確保した? ……渡峯さん、こちらでも犯人らしき人物と接敵して――」

「いいや! あれは間違いなく動物だったろう、葛城」


 伊勢が遮るように声を被せた。


「はぁ? あれが動物なわけ……」

「動物だ! 入院して勘が鈍ったんじゃねぇのか?」

「伊勢警部こそ、あれを動物だなんてどうかしてます!」

『……ゴホン』


 無線の向こうで渡峯が咳払いをする。

 葛城は納得いかない表情を浮かべながらも、伊勢の必死な視線に折れた。


「……失礼しました。私の見間違い、だと思います」



 - - - - -



 ――特捜本部。

 帰還した二人を迎えたのは、辻宮真琴の穏やかな微笑みだった。


「空ちゃん、おかえりなさい」

「真琴さん!」

「久しぶりの再会に水を差すようで悪いが、葛城、報告を」


 渡峯から無線での報告の件を問い詰めたが、葛城は「動物でした」と淡々と報告を済ませた。

 渡峯は疑念を抱きつつも、それ以上は追求せず彼女を早退させた。


「今日は各自、報告書を提出したら上がっていい」


 渡峯が部屋を出ると、張り詰めていた空気が緩む。


「なーんか、怖い雰囲気の人ですねー、新しく来た人」

「僕も、少し怖いなって思いました……」


 比与森と夜宵がこっそり囁き合う。


「そうだ、真琴ちゃん。この後一杯付き合ってくんない?」

「まだ仕事があるので今日はダメです」


 伊勢の誘いをかわし、辻宮も席を立つ。

 比与森は驚くべき速さで荷物をまとめ、出口へと向かった。


「じゃ、僕お先でーす! 今日はビッグイベントがあるからね!」

「ゲームか何かか?」

「そゆこと~! お疲れさまでーす!」



 - - - - -



 街の喧騒を聞きながら帰宅した比与森は、鼻歌を歌いながら通話を繋ぐ。


「ひろさーん! 準備できたー?」

『すべてのスクリーンに仕込みました。時間です』


 ――同時刻、都内某所の映画館にて。

 上映中のスクリーンが突然、ノイズと共に暗転した。


『映画をご鑑賞中の皆さま、こんばんは』


 ボイスチェンジャーを通した無機質な声が、館内に響き渡る。


『突然ですが、今から……デスゲームしてみませんか?』


 不気味な重低音と共に、幾何学的な模様がスクリーンを埋め尽くす。

 それは、かつて一年前の惨劇を引き起こした電子ドラッグ『D.D』の改良版だった。


 比与森は自室のモニターに映し出される「絶望」を眺め、唇を吊り上げた。


「さーて、始まった始まった。第二フェーズの効果はいかほどかなぁ?」


 監視画面越しに聞こえる悲鳴が、彼の部屋を不気味な祝祭の渦へと変えていく。

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