第18話 夏空 其の一 子供の骨

 前期試験の最後の科目が終わり、タイミングよく梅雨が明けて明日から夏季休暇である。全科目をそこそこの手応えで試験を終えた由衣は、ルンルン気分で大樹のアパートに立ち寄った。

 由衣はコンビニに寄り、買ったプリンを自分と大樹の前に置いた。

「ねえ、北海道の伯父さんのところには帰らなくていいの?」

「うん、お金がないから。でも、春休みには帰るよ。命日があるし」

「じゃあ、あたしも一緒に行きたいなー」

「寒いよ」

「大樹と一緒ならいいもん。夜は抱き合って寝たりして」

「えっ!」

「アハハハハ、すぐ赤くなるんだからー! いい加減、治さないとね」

「うん」

「一つ手があるわよ」

「なに?」

 大樹はプリンを一口含む。

「本当にやっちゃうのよ。慣れちゃえばいいの」

「ブッ!」

 大樹の口の中のプリンが飛び、由衣の額にベチャって当たった。由衣の自業自得である。飲食中は茶化してはならないと、由衣は肝に銘じた。


 運転免許を取得する。長野県安曇野市の上田美穂の実家に車で行き、しばし滞在して周辺を観光する。以上が由衣と大樹の夏休みの主な予定だ。

 美穂の実家は野菜中心の農業と農閑期限定の民宿を営んでいる。民宿を営業していない農繁期は、客室を使ってよいとのことで、教習料で一杯一杯の大樹も由衣の誘いに応じた。

 橋田和也も一緒に行く。美穂と和也は、由衣と大樹に頻繁に接触するうちに付き合うようになった。

 四人の内、運転免許を持っているのは、高三で取得した和也だけ。由衣と大樹は美穂の実家に行くお盆明けまでに取得したかったので、可能なときは一日に二時間の技能講習を受けた。

 大樹は規定時間でAT車の終了検定を終え、仮免許を取得した。一方、由衣は三時間オーバーした。由衣は、いけ好かない指導員に、例の如く三度も毒づいて落とされた。

 

 教習所近くの丘陵の崖沿いの道、路上練習中の大樹が急ブレーキを踏んだ。教習車を左に寄せて停車し、降車して斜面を凝視した。

「何やってるんだ!」

 降りてきた指導員に、大樹は、崩れて樫の木の根が見える斜面を指差した。

「子供の骨です」

「なにっ!」

 小さな白骨化した指が地面から突き出ていた。指の骨はカギ状に曲がって一見、根っこのよう。確認した指導員はすぐさま携帯を出して通報した。


 大樹が発見したのは、推定十歳から十二歳の子供の右手中指の骨だった。

 発見現場の斜面と上部の雑木林が捜索され、左足の小指を除いた全身の骨が回収された。遺体が一旦埋められて白骨化した後、掘り起こされ、バラバラになった状態で再度埋められたと考えられた。

 先日の大雨で右手中指の骨が台地の斜面にまで流されたと推測され、回収された骨には推定生後三か月の子ネコのものも混在していた。

 四日後、白骨化した遺体の身元が判明してニュースに流れた。白骨は、さいたま市大宮区在住・刈谷夫妻の長男、当時十一歳、小学校六年の刈谷英真かりやひでまさ君のものだった。英真君には六年前の七月十六日に失跡届が出されていた。白骨の状態から事故死とは考えられず、死体遺棄事件とされ、捜査本部が立ち上がった。

 失跡当時、警察・消防・学校関係者・自治会等が全力を注ぎ、目撃情報や防犯カメラの確認、河川や雑木林など各所を捜索したが、発見には至らなかった。


 翌日、康太と由衣と大樹が待つアパートに米田刑事と青山刑事が訪れた。

 席に着いた途端に、米田刑事が喋り出した。

「いやー、またまたお世話になります。あなた方と我々は、まことに縁が深いですなー」

「米田さん、縁が深いなんて縁起でもないこと言わないでください!」

「そうでした、そうでした。まあ、これが最後だと思ってご協力ください」

「あたし達は、午後から運転免許試験なんです。手身近にお願いしますね」

「ほおぉー! 合格したら非番のとき我々が同乗しましょうか? 何しろ取り立ては、事故起こすことが多いですからなー」

「けっこうです」

 由衣と米田刑事の掛け合いが始まり、堪らず康太が割り込んだ。

「米田さん、本題に入りましょう」


 米田刑事は、額に手を当ててヒョイと頭を下げた。

「そうでした。そうでした。では…… 私も当時は誘拐の可能性があって捜査に参加していました。英真君は自閉症で変わった子だったそうですな。国語と社会は苦手だけど理科と算数と図工は得意で、取り分け絵が上手で、何かのコンテストで一等を取って県知事から表彰されたとか。高見沢さんは、六年生のとき同じクラスで学級委員だったそうで。失跡当時、何か気になったことはないですかなー?」

 由衣は流れるように喋りまくった。 

「英真君は、決まった時に決まった場所で決まったことをして、邪魔されるとすぐに癇癪を起していましたよ。例えば、帰りに駄菓子屋に寄っていつも買うラムネ菓子が売り切れていたとき、ひっくり返って手足をバタバタさせるとか。あと、耳がとっても良くって、クラスの子達が英真君の話をしていると、すぐ傍に来て(僕はね、僕はね)って叫び立てるの。で、行方不明になる少し前、いつもと様子が違っていました。普段はそんなことしないのに、授業中に突然奇声を上げてブルブル震えていたんです。だから、帰り道で何か怖い物とか、見たんだと思います」

 ボリボリ頭を掻きながら、米田刑事は何度も頷く。

 由衣は声高に文句をつけた。

「米田さんフケが飛びます!」 

「すんません。そうそう、英真君は自宅でも思い出したように壁にバシバシも頭をぶつけ、抱え込むと大暴れしたそうで。で、失跡当日の目撃情報はもちろん、失跡前に何か見た可能性が高く、通学路付近で何かあったか、親御さんや同級生や付近の住民に聞きまくった。だが、何ら情報は得られんかったなー」


 康太が腕を組んで軽くため息を吐く。

「はぁ…… 遺体の分析、遺留品の捜索、目撃情報の収集など、一から始めていると聞いた。当然必要だが、他にやるべきことはないかい?」

 皆が考え込んでいると、大樹がおそるおそる口を開いた。

「あのー…… 英真君が描いた絵はありますか?」  

「おっ! 我らがヒーロー、福光さんが突破口を開いてくれるかも」

 と米田刑事がのたまって笑みをこぼすと、由衣が睨み付けた。

「米田さん、”我らがヒーロー”は余計です。大樹は、あなた方のお仲間じゃないですよ!」

 青山刑事が初めて発言した。

「高見沢さん、済みません。班長はこういう人なんで。親御さんは、英真君の部屋をそのままにしてあるそうです。見せてもらうよう頼んでみましょう」

 米田刑事は青山刑事の肩を軽く小突く。

「お前も、いっちょ前の口をきくようになったか! ワハハハハ」


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