第2話:理解できない侵入

 異変は、派手な形では始まらなかった。

 市場の一角で接続が不安定になった、という報告が最初だった。

 ダークウェブでは珍しいことではない。中継ノードが一つ落ちることも、暗号鍵が期限切れになることも、日常の範囲だ。

 誰も騒がなかった。

 次に、別の区画でログイン障害が起きた。

 管理権限を持つ者ですら弾かれる。鍵は正しい。認証も通っている。それでも、扉だけが開かない。

 「更新ミスだろ」

 誰かがそう言った。

 それで話は終わった。

 だが、終わらなかった。

 数時間のうちに、沈黙する中継ノードが増え始めた。

 一つ、また一つと、灯りが消えるように回線が落ちていく。地理的な偏りはなく、構造的な要所だけが正確に狙われていた。

 暗号鍵が無効化された。

 破られたのではない。無効化、という表現が一番近い。存在していたはずの鍵が、最初から存在しなかったかのように扱われる。

 痕跡は残っていた。

 それが、逆に不気味だった。

 攻撃は洗練されていない。

 美しいコードも、巧妙な隠蔽もない。既存の脆弱性を、そのまま力任せに突いているだけだ。専門家が見れば、三流と評するだろう。

 だが、無駄がなかった。

 余計な侵入はない。

 誇示もない。

 試し撃ちのような挙動もない。

 必要な箇所にだけ触れ、必要な結果だけを残して去っていく。

 金銭要求は来なかった。

 政治的な声明も、警告文もなかった。

 沈黙だけが、拡がっていった。

 市場では混乱が始まっていた。

 取引が止まり、連絡が途絶え、管理者たちが裏で走り回る。誰もが同じ仮説にすがろうとしていた。

 ――どこかの国家だ。

 だが、どこの国なのか、誰にも分からなかった。

 普通、国家は主張する。

 力を見せ、理由を示し、交渉の席を用意する。それが抑止というものだ。

 しかし、今回の侵入者は違った。

 彼らは、こちらと交渉する気がなかった。

 交渉という概念自体を、理解していないようだった。

 まるで、闇と話す必要性を、最初から認識していないかのように。

 その時、私は初めて思った。

 これは攻撃ではない。

 掃除だ。

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