#2
異世界への門を開くことが出来る「八尺瓊勾玉」は日本に古来から伝わる神器の一つで、本来であれば門外不出の品だけど、今は総合学部の管理下で使わせて貰っているのだそうだ。
八尺瓊勾玉そのものには空間に穴を開ける力しかないけど、女神が人間を連れ去った痕跡を追うことで、僕のようなエージェントを連れ去り先の異世界へと後追いさせることができる……と説明されているけど、正直な所その原理は僕には理解出来ないオーバーテクノロジーの類だ。
榊会長が言うにはテクノロジーと魔術の融合だそうだけど、そういったものを研究するのも総合学部が設立された目的の一つだと聞いている。
小さな鳥居の上部中央に掲げられた神額の部分に埋め込まれた勾玉が玉虫色の光を放っている。その光景はとても神秘的だけど、問題は神額から鳥居の柱を介して無数のケーブルが伸び、傍らに置かれた近代的なコンソールに繋がっているということだ。
無神論者である僕が見ても冒涜的な光景だと思うぐらいだし、神道を崇める人達からみれば許しがたい光景なんじゃないだろうか。そんな事を考えていると、さらに冒涜的な光景が目の前に広がった。
まるで黒い光とでも言うような、あり得ない「モノ」が鳥居内部の空間から滲み出てきたんだ。
「なんだ、あれ……」
「あれが
「麗奈は見たことがあるのかい?」
「うん。私もこのシステムの開発に携わったから」
「……マジか……」
普段麗奈とはあまり「案件」や総合学部に関する話はしないけど、どうやらまだまだ僕の知らないことがあるようだ。帰ってきたら、色々と話を聞く必要があるだろう。
けど……帰ってきたら話を聞かせてくれなんて口にしたら、まるで死亡フラグになってしまう。だから僕はただ黙って空間に穿たれた穴を見守ることにした。
空間の穴は直径2m程度まで広がったところで拡大を停止した。事前に聞いていた説明ではこの穴は物理的な通路ではないらしく、通り抜けるためにはいくつかの制限があるらしい。
まず大きさの制限。当然のことながら穴より大きなものは通れないから、例えば戦車のような戦力を異世界に持ち込むことは出来ない。
そして世界を越えられるモノにも奇妙な制限が加わるらしい。榊会長は「装備品」のみが持ち込めると説明してくれたけど、その正しい意味は「自身が無意識下で自分と一体化していると認識しているモノ」のみが世界を越えることを出来るのだそうだ。
したがって御門を通って世界を行き来する際に自身が使い慣れた装備であれば共に世界を越えることが出来るけど、現地で入手したばかりの品物は持ち出す事ができないという
属人的な転移制限が掛かる理由は研究中だそうだけど、どうやらこの御門は物質転送装置というよりも、「存在」に対して作用するのではないかと言う仮説が……。
「……御門の安定を確認。如月君、今度こそ準備は万端かしら?」
僕の考えは榊会長の言葉によって遮られた。そうだ、今は考え事をしている場合じゃない。僕は御門と、その先の何も見えない漆黒の空間に目を向ける。
「はい。じゃあ、行ってきます」
「悠斗、気を付けて」
「ご武運を」
――二人の美女に見送られ、僕は再び異世界へと向かう。
まるで参道へ向かうように鳥居をくぐると、そこは元いた御門の間とどことなく似た空気感の漂う石造りの部屋の中だった。四方の角には不思議な光が灯され、室内は静謐な空気に包まれている。
……あの光は、おそらく魔力によるもの。
つまり、ここは異世界という訳だ。
振り向くとそこにはまだ御門は存在していたけど、僕が見ている間に空間の穴は静かに閉じて行き、そして消滅した。
再び御門が開くのは僕が任務を達成した後の事で、できればその時にこの門を通るのは僕1人だけではなく、斎藤君も共に……。そう願わずにはいられなかった。
周囲を見渡し、真っ先に目に入ったのは装飾が施された大きな木製の扉だった。いや、むしろそれ以外はほぼ何も存在しない部屋だから、他に見るべき所も無かったのだけど。扉が閉じていることを確認した僕は、今さらながらに周囲に人がいないことを十分確認していなかったことに気が付いた。
ここが閉鎖空間だから僕が突然空間の穴から現れても騒ぎにならなかったけど、もし御門が開いたのが屋外の人通りがある場所だったとしたら、世界を越えた瞬間に騒ぎを引き起こすことになる。
御門による転移場所は女神が行うそれとは違って任意に場所を選択できないらしいそうだけど、できれば初手からトラブルに巻き込まれるのはごめん被りたい。
そんな事を考えながら、僕は扉の方へ慎重に歩みを進める。
かつて勇者だった僕の「
そして僕がマギである以上、得意なのは魔法であって、身体能力に関するスキル全般は不得意科目だ。もちろんステルススキルもその中の一つで、勇者として一通りの訓練は積んだけど、正直どの能力も中途半端にしか会得することが出来なかった。
しかしそうは言っても無人の部屋で音を立てずに歩くことぐらいはなんとか出来る。何せ僕の服装は無地のシャツに生成りのジーンズ、少しくたびれた革のシューズだけで、音を立てるような装備類は身につけていないからだ。
慎重に歩みを進め、扉に近づいたところで音が聞こえることに気が付いた。いや、抑揚の付いたこれは単なる物音ではなく誰かが話している……?
「スリガ、エムトラフール。ムイダアル、キクト?」
「ルバニオアイ、サムルタカアキオルトエムグ」
……何を言っているのかさっぱり判らない。それもそうだ。なにせここは異世界なのだから。
これが女神による異世界召喚であれば、世界を渡った際に自動的にその世界の言葉が脳内に
だけど今回は女神の力に頼らない転移……いや、むしろ女神に逆らう行いである以上、女神の加護を得ることはできない。つまり、僕がこの世界の言葉を理解するためには自力で言語を習得する必要がある訳だ。
けど、その前に扉の向こうにいるであろう、おそらくは衛兵か何かを無力化しないことには言語を習得する以前にここから出る事もままならない。
一瞬、
この先どうなるか判らない以上、異世界に来て早々に魔力を大きく消耗するのは得策では無いだろう。なにせ僕単体ではマナを補充する術が無いのだから。
相手を無力化する魔法にはいくつか心当たりがある。例えば「
けどどちらも扉越しには使うことができないし、そもそも僕の魔法は視線が通る場所にしか発動させる事ができない。扉越しという条件で使えるとすれば……。
思案しながら扉を睨み付けていた僕は、扉の下部に3cm程の隙間があることに気が付いた。そうか、現代建築と違ってこの手の建造物は摩擦を避け扉をスムーズに開閉するためにある程度の遊びを造っているんだろう。さすがに隙間から扉の向こうを目視することは出来ないけど……それでもこれは使えるかもしれない。
僕は扉の向こうで会話を続けている人物が声質の違いから2名、かつ扉の両側に立っているであるとあたりを付けた。この配置と距離なら……。僕は扉から少し距離を取ると、中央下部の隙間に視線を向けて意識を集中する。
《魔力よ、眠りを誘う霧となれ。「
小さな声で唱えた呪文は即座に効果を現し、扉の下の隙間部分に白い霧のようなものが生み出されれる。霧の半分は扉のこちら側に。そして残りの半分は扉の向こう側に拡散し、数m程度広がったところで……ふわりと消えた。そして続けて何かが倒れる音が2度聞こえる。
よし、成功だ。
眠りを誘う霧が消えたことを確認してから再び扉に歩み寄る。
つまり霧の発生範囲に味方が……そして術者自身がいた場合、お構いなく
覚え立ての時にコレを使ってパーティメンバーの戦士を戦闘中に眠らせた時は後で随分怒られたものだけど……いや、今は昔を懐かしんでいる場合じゃなかった。
慎重に扉を開くと、予想通り扉の両側には革鎧の上から鉄の胸当という揃いの装備を身につけた男性が2名、眠り込んでいた。やはり守衛か衛兵の類いだろう。片方は若者でもう片方は中年……ということは、年長の衛兵の方が上役だろうか。
ちょうど手近なところに意識を失った現地人がいることだし、今のうちの「
「
僕が帰還後にこれを習得した理由は極めて単純で、召喚先の世界で使用される言語は女神によって刷り込み済みだったから、そもそもグレイランスではこの手の翻訳魔法を覚える必要が無かったからだ。
けど、勇者狩りの任務で赴く世界には女神の加護は及ばない。それ故に総合学部の
そして必須スキルが魔法であるが故に、狩人は戦士タイプであっても基本的に初歩の魔法が扱える人間に限定されるのだそうだ。まぁ、多くの召喚勇者達は剣も魔法も使える万能タイプらしいから、特に問題は無いそうだけどね。
《汝が紡ぐ言葉を我が言葉に、我が言葉は汝らの言葉に。「
魔法を発動すると、一瞬頭の中に軽い痛みが走る。無理矢理に言語体系を覚える際の負荷だと聞いているけど……習得のために何度か試したことがあるとは言え、やはりこれは慣れない。
ともあれ、これでこの世界の言葉は理解出来るようになったはずだけど……それでも
そして厄介な事に脳に負荷をかけるこの魔法は一度使うと数日間は
その点、衛兵であればその国の標準的な言葉をある程度高い水準で習得しているだろうから、
そんな事を考えながら、僕はそっと儀式の間の扉を閉じ、その場を後にした。
僕が現実世界を離れたのは昼過ぎだったはずだけど、この世界では少し日が陰り始めた時間帯であるように思えた。同じ地球上であっても時差があるんだから、異世界ならもっと時間がずれていても不思議はないか……。異世界との時差という、微妙に現実的なことを考えながら、周囲の様子を観察する。
僕が世界を渡ってきた場所は町外れに建設された神殿のような場所で、人影の全く見えない道の先に仄かな街明かりが見える。さらに奥にはかなり大きな城のようなものが見えるところから考えると……ここは王都や帝都といった、いわゆる国の中心部にあたる街なんだろう。
もちろん、
物陰から街行く人々の服装を観察し、自分の格好が奇異に見えないことを確認した上で僕は通りを歩いてみることにした。周囲の人々はいわゆる欧州系の顔立ちだから、純日本人で眼鏡を掛けた地味な僕は逆に悪目立ちしてしまうかもしれない。
認識阻害の魔法を使うことも考えたけど、少なくとも今の段階では周囲の注意を引いているようには思えなかったので、特に小細工はしないことに決める。
いや、僕に注意を払っていないと言うよりも……どこか街中に落ち着かない空気が漂っているような感じられる。見れば町の中央にある広場には色とりどりの灯りが掲げられていて、一見すると祭りか何かの準備が進んでいるようにも思えるけど、この空気感と光景の間には大きな落差があるように思えた。
もちろん、観察しているだけでは事情も何も判らない。
話し好きそうで、暇を持て余していそうな人……そう、例えば道の端に野菜か何かの露店を出している、中年女性はどうだろうか。
売り物はサイズも小さく、見るからに不味そうな根菜らしき野菜で、値段がいくらであれ買いたいとは到底思えない品質だ。おそらくこれでは客も寄りつかないだろうから、多少話をしても許してくれるだろうか。
「すみません、少し教えて頂きたいことがあるんですが」
「なんだい?客じゃないのかい?まぁ暇だからいいけどさ。で、なにを聞きたいんだい?」
うん、
「ここへは初めて来たのですが、何かお祭りでも行われるのですか?」
「はぁ?アンタ、何いってるんだい!馬鹿なこと言っちゃいけないよ!」
……どうやら僕は早々にこの女性の地雷を踏んでしまったらしい。一体何が彼女を怒らせたんだろう?やはり祭りというキーワードだろうか?
「すみません。見ての通り異国からここへ到着したばかりでして……」
「異国ってねぇ……その髪色、東方国の人かい?」
「ええ、まぁ」
僕はこの世界の東方国がどのような場所かは判らないけど、日本は極東の島国と呼ばれているから、東方国の人間だと言えなくもない。なので、曖昧にそう答えたけど……どうやら相手はそれで納得してくれたようだ。
「あれはね、勇者タカアキ様が魔王ゴルハムンノスに決戦を挑まれる前の、壮行会の準備さね」
「魔王、ゴルハム……ンノス?」
確かゴールデンハムスターの事を愛好家達はゴルハムと呼ぶのだと麗奈が言っていた気がする。どことなく愛らしい名前を持つ魔王の名前に僕が戸惑っていると目の前の女性の盛大なため息をつかれてしまった。
「まさかと思うけど魔王と勇者のことも知らないのかい?」
「いえ、勇者タカアキ様の事は知ってますよ」
「そうかい?ならいいんだけどさ」
ともあれ、あれが魔王と戦う勇者を送り出す壮行会だとすれば、僕にとっては幸運だった。なぜなら壮行会の主賓である勇者タカアキ……つまり僕が狩る相手である斎藤孝明君は間違いなく名も知らぬこの街にいるということなのだから。
「それで、その壮行会というのは誰でも参加できるのですか?」
「あんた、タダ飯にありつこうって言うのかい?なんて図々しい!今は魔王軍との戦いでエセルニウム王国はどこも皆食うに困る状況だったのに」
「いえ、そう言うわけではないのですが……」
「まぁ見たところ健康そうだし、異国の民でも義勇兵として参加すりゃ、パンの一つぐらいなら分けて貰えるかもしれないけどさ」
「義勇兵を募っているのですか?」
「魔王との決戦だからね。雑兵でも義勇兵でも、かき集められるだけかき集めて攻撃するって話だよ。もう戦える若いもんなんて随分と数は減っちまったけどね……」
僕は女性に礼を言うと、その場を離れた。先ほどの言葉を念頭に、改めて周囲を見渡すと、確かに街にいるのは子供や中年以上の人ばかりで、働き盛り……言い換えれば戦える年齢の男女の数は明らかに少ない。
どうやらこの国――先ほどの言葉からすればエセルニウム王国――は魔王軍との戦いで随分と疲弊した状況のようだ。
まぁそれもそうだろう。そもそも異世界から勇者を召喚する事態というのは国難や世界の危機と呼ばれる状況になってからというのが相場だ。異世界勇者の召喚にはそれなりの手間もコストも必要だと聞くし、平時に意味も無く異世界人を召喚する世界は……少数派だと聞いている。
ともあれ壮行会に紛れ込んで斎藤君と接触するためには義勇兵に志願する必要があるらしい。けどこの世界ではどの程度魔法が一般的か判らない以上、マギを名乗って義勇兵に参加するのは好ましくないだろう。
なら……ここは雑兵らしく、苦手な剣でも握ってみることにしようか。そう考えた僕は人気の無い路地裏に入り、周囲に人の目が無い事を確認してから「ストレージ」を開いた。
ストレージは僕が女神に与えられたチート能力で、異空間に物品をしまうことが出来るという、いわゆる異世界転生者が標準的に与えられる良くあるアイテムボックス系の能力の一つだ。
しかしここで問題になるのが世界を渡る者達は身につけた装備しか持ち運ぶことが出来ないという「世界の常識」だ。その「常識」は当然アイテムボックスにも影響を及ぼし、標準的なアイテムボックスの中身は「世界に
けど僕のストレージは「
つまり僕は異世界から物品を自由に持ち出す事が出来るし、必要であれば現代兵器を異世界に持ち込むことも出来る――まぁ、総合学部が支給してくる範囲内で、だけど。
もちろんチートとは言え制限が無いわけではない。代表的な制限は生物を格納できないということだけど……いや、今はそれよりもストレージの中身だ。
「……義勇兵らしい装備と言えばレザーアーマーにショートソード……ってところか」
僕が異世界グレイランスに転移して間もない頃、剣術の訓練を受ける際に使っていた初心者用装備。下手くそな剣技で無理をしたせいで刃こぼれした小ぶりのショートソードと、少しほつれのあるレザーアーマーは記念品として取っておいたものだけど、まさかこれを再び装備する日が来るとは思わなかった。
思えばあの時は僕も勇者になるのだと張り切っていたんだっけ。まさかそれが自分の世界を滅びに導く行いだと知らずに……。
昔の事を思い出し、少し苦々しいな気分になりながら、懐かしい装備に身を包んだ僕は路地裏を後にした。
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