第20話
継承式当日。
正装したローレンスは、がちがちに緊張した肩を、妹に揉んでもらっていた。
「…指が入らないわ。お兄様、もっとリラックスして」
「…無理だよ」
控室のドアが開くと、リヴァーデイル公爵が入って来た。
「おお、侯爵の正装が様になっているな。ローレンス」
「…父上」
ローレンスは、笑おうとしたが、引きつった笑顔になってしまった。
「継承式のやり方は、覚えているな」
「…はい」
「心配するな。もし、お前がへまをやらかしても、陛下がちゃんと助けてくれる」
継承式の最後に、次期公爵は、国王の前で誓いの言葉を述べるのだ。
「…父上。…あの、手順を紙に書いて持っている事は…」
「駄目に決まっているだろう」
「そうですよね…」
この日の為に、ローレンスは、何度も継承式の練習を重ねてきた。
しかし、実際の本番では、何が起こるか予測がつかない。
彼の胸は、不安で一杯だった。
リヴァーデイル公爵は、息子の肩をぽんぽんと叩いた。
「ローレンス、継承の儀式は、単なる形式だ。大切なのは、跡継ぎとして認められた後に、何をするかだ」
ローレンスは、父の言葉に、はっと顔を上げた。
「…そうですね。僕は継承式を成功させることしか、考えていませんでした」
「今は、式の事だけ考えていればいい。しかし、その後の事を考えるのは、もっと重要だ」
「…分かりました」
その時、係りの者がドアをノックした。
「ペンリス伯爵様、お時間です」
ローレンスは、椅子から立ち上がった。
「はい」
「頑張ってね、お兄様」
「お前の雄姿を、見届けるぞ」
父と妹に見送られながら、ローレンスは、背筋をぴんと伸ばして歩き出した。
スターリング伯爵領。
畑仕事をしていたスティーブは、額の汗を拭った。
「…今頃ローレンスは、継承の儀式を受けている頃だな」
彼はローレンスが、良い公爵になれると確信していた。
「…頑張れよ。ローレンス」
「リヴァーデイル公爵家長子、ペンリス伯爵、ローレンス。そなたは良き公爵、良き夫、良き父親、そして良き友となる事を誓うか?」
「…誓います」
ローレンスは、国王の前に片膝をついていた。
「そなたは、リヴァーデイル公爵家の、次期当主になる事に、異議はないか?」
「…ございません」
玉座の間には、国王とその家臣達、
5人の公爵と、その妻と長男が、勢揃いしていた。
国王は、集まった大貴族達を見回して、良く通る声で言った。
「彼が次期公爵に相応しくない、と思う者は、今この場で申し出るがよい」
貴族達は、沈黙を持って答えた。
国王は、大きく頷いた。
「剣をここに」
家臣が、宝石で飾られた鞘におさめられた剣を、恭しく捧げた。
国王は剣を抜くと、剣の平を静かにローレンスの肩に当てた。
「今ここにおいて、そなたを、正式に次期リヴァーデイル公爵と認める」
剣が肩に触れた瞬間、ローレンスは、全身に電流が走ったような気がした。
「そなたは、今からランカスター侯爵となった。励むが良いぞ」
「…ははっ!」
ローレンスは、国王に向かって頭を下げた。
レイは、ふうっと息を吐いた。
これでローレンスが、次期公爵になってしまった。
結局、スティーブの身元は、分からずじまいだった。
ローレンスは、儀式が始まる前とは、別人のように引き締まった顔つきをしていた。
国王は、そんな彼を、頼もしそうな表情で見ていた。
「顔つきが変わったな。もう既に公爵の顔だ」
「…陛下」
国王は、ローレンスの肩を軽く叩くと、くるりときびすを返し、玉座の間から出て行った。
「陛下のご退出!」
触れ係が、良く通る声で言った。
この国の重鎮達は、膝を曲げて君主を見送った。
スティーブは、畑の近くの木の下で、お弁当を広げていた。
「今日のおかずは卵焼きか。この焦げ具合は…リリーさんが作ったんだな」
卵焼きの形を見ただけで、誰が作ったのか分かってしまう。
スティーブの、スターリング家の姉妹への愛情が、並外れている事が良く分かる。
卵焼きを口に入れたスティーブは、思わず顔をしかめた。
「…やっぱり。リリーさんはいつも、塩を入れすぎるんだよな」
その時、道の向こうから一台の馬車が、こちらに向かって来た。
馬車はスティーブのいる、木の下で止まった。
扉が開くと、出てきたのはリヴァーデイル公爵であった。
スティーブが、意外な客人に驚いていると、公爵は彼に話しかけてきた。
「すまんな、昼休み中だったか」
「…俺に何か御用でしょうか?」
まさか、ローレンスが、公爵になるのを拒否したのだろうか。
「今日はきみに渡したいものがあってな」
公爵は、側近に手を差し出した。
側近から渡された書類を、スティーブに差し出す。
「…何ですか?これは」
「きみにハンター卿の称号を与える、という証明書だよ。私の署名も入っている」
驚いたスティーブは、書類を公爵に突き返した。
「俺はこんなものを頂く権利はありません。今すぐ取り消してください」
「きみが拒絶しようとも、もう決まった事だ。きみはスターリング家の、隣の領地の主になるのだよ」
「…そんな勝手な真似が許されるわけがありません。隣の土地にも領主がいるでしょう?」
公爵は、動揺しているスティーブを、面白そうに眺めていた。
「それがな、実は彼は数ヶ月前に、賭博が元で土地を没収されているのだ。だから、今は主なし、という訳さ」
公爵の話し方が、段々砕けた感じになってきている、とスティーブは感じた。
(…ここで公爵のペースに巻き込まれたら、相手の思うつぼだ。…何とかして断らないと)
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