第5話 共に きっと乗れるさ
「オ~い、お前らよ、俺も仲間に入れろよ!」
しっ君の声だ。段ボールを持って校庭に立っている。
「いいよ、早く風に乗れよ」
さっちが上機嫌で叫んだ。
「やり方分かる?」
翔一が尋ねた。
「ああ、お前らがやってんの見てたから、感じは分かるけど」
「でもさ、実際やってみると結構難しいよ」
翔一が顔をしかめて答えた。
「しっ君、こんなの楽勝だよ。やってみ、俺がフォローしてやるよ」
さっちがどや顔で答えた。もうすっかりインストラクターのつもりだ。
「いい風を待ってるときはさぁ、段ボールをこうやって身体の前に付けるんだよ」
さっちが説明する。さっき翔一が言ったことそのまんまだ。
「それで、強い風が来るのを待ってるんだよ」
「そんなの見てたから分かるよ」
しっ君が面倒くさそうに答えた。
「強い風が来たら乗ればいいんだな?」
「そうそう、それだけ」
さっちもぶっきら棒に答えた。
翔一が割って入る。
「あとさ、空のゴオーーー、ゴオーーーって音、聞こえてからじゃないと乗れないよ」
「そうそう、それがあったよ」
さっちがニヤニヤしながら翔一を見た。
「そんな音って聞こえんのか?」
しっ君が怪訝そうに尋ねた。
「これが聞こえんだよ、マジすげえから!」
さっちが興奮気味に答えた。
「まあいいや、そん時が来たら教えてくれよ、俺も早く風に乗りてえからさ」
「いいよ」
翔一とさっちがハモった。
しっ君を左右から挟むように、翔一とさっちは風に乗っていた。前に後ろに、何度となく二人は漂った。やがて風の流れが変わり始める。
翔一とさっちの目が合った。
「しっ君、そろそろだぞ」
さっちが声を掛ける。二人は高度を下げて、しっ君に近づいた。
「おお、緊張する」
ひと際大きなガタイのしっ君の身体が小刻みに震えているのが見て取れる。
「平気だよ、俺なんか一発で乗れたんだから」
さっちが能天気に声を掛けるが、誰でもさっちのようにいくもんではないと、翔一は密かに否定した。
「ゴオーーー、ゴオーーー」
聞こえてきた。
「聞こえただろ、来るぞ!」
さっちが叫ぶ。
「何だよ、聞こえないけど、ああ?」
しっ君がテンパっている。
「風風、大きいの来たら乗るよ」
翔一もテンションが上がる。
翔一とさっちの段ボールの先端が上がり出した。そしてしっ君の段ボールの先端も一瞬遅れて風を受けた。
「今だ、前に倒せ!」
さっちが叫んだ。
少し出遅れたように見えたが、しっ君の段ボールは風を受け止め、しっ君は更に体勢を前に倒した。
いい感じだ。翔一は安堵した。風は安定している。よし、このまま、このまま。
と、しっ君の身体はそのまま前へ倒れだした。
「あれっ?」
しっ君を挟んで見守っていた翔一とさっちは、予想外の展開に何もできずに漂っていた。
「う、うわ!!」
しっ君は何の支えも得ることができず、そのまま前に倒れた。
「だ、大丈夫?」
翔一が叫ぶ。しっ君は、しばらく動かなかった。
「俺さあ、なんか無理そう…」
珍しく弱音を吐く。恐らくしっ君は、翔一とさっちに比べて体格がいいから、身体が浮くにはより強い風が必要なのだろう。
しっ君を残したまま、風に流されて翔一とさっちは正門の前まで漂った。二人は無言だった。
やがてゆり戻されて後退し始めた。しっくんの所へ戻る前に翔一は答えを出したかった。
「何でダメなんだ?」
さっちにボソッと聞いてみた。
「タイミングがちっと遅かったかもしれねえけど、やっぱ体重が重いのかもな」
さっちもどうしていいのか思案に暮れている様子だ。二人はボーっとしたまま後ろに流された。
「しっ君さあ、聞こえてたのかな?」翔一が呟く。
「えっ、何が?」
怪訝そうにさっちが尋ねた。
「天の声」
空を指さしながら翔一が答えた。
二人はしっ君の所まで戻ってきた。しっ君は段ボールを片手に持ったまま、かったるそうに立っていた。
「何か俺、イメージ湧かないな。ちっと風に乗るの無理そう」
バツが悪そうに少しはにかみながら、しっ君は二人に向かってそう呟いた。
しっ君は太っているわけではないが、体格がいい。その点は不利なのかもしれない。
翔一は落ち込むしっ君を見ながら思案していた。
「あっそうだ、しっ君、さっき風に乗る前さぁ、ゴオーーー、ゴオーーーって音聞こえたの?」
「えっ、音?聞こえない」
翔一はピンと来た。たぶん体重とか重さとかの問題ではないようだ。
「しっ君、次は大丈夫だよ、きっと風に乗れるよ」
笑顔で翔一が励ます。
「まあ、俺でもこうして風に乗れたんだしな。しっ君、一緒に乗ろうぜ」
さっちは何の根拠もないのに楽観的だ。
「さあ、段ボールを構えて」
翔一はしっ君に促す。しっ君は、片手に持っていた段ボールをしばらく見つめ、やがて両手でしっかりと掴んだ。
「よし、次は慌てないでいくよ。ゴオーーー、ゴオーーーって音聞こえたら動き出すんだよ」
翔一が手順を再確認した。
「うん、分かった」
さっきよりも真剣な眼差しでしっ君が短く答えた。翔一とさっちは、できる限り近くにそして低く、しっ君の両脇に付いた。
二人の乗った段ボールは同じリズムで軽く上下に揺れている。
時々強い風がしっ君の段ボールを煽るが、目もくれない。もっと大きくて強い風が来るまで、そして天の声が聞こえるまで待つんだ。
しかしなかなか来ない。
待っている時間が本当に長く感じられた。風は凪いたようで静かになった。3人はさすがに不安になるが、誰も言葉を発しなかった。
「今日はダメかな…」
翔一は心の中で呟いた。
と、そのとき、
「おお、聞こえるぞ!!」
しっ君が力強く叫んだ。
「ゴオーーー、ゴオーーー」
翔一にもさっちにも確かに聞こえた。
「よし、スタンバイ!」
翔一は指示した。
「OK、合図してくれよ」
しっ君は自分に気合を入れた。
「任せろ」
さっちが自信満々で答えた。
翔一とさっちの段ボールの揺れが大きくなってきた。3人の緊張は一気に高まった。
「あっ」
翔一は風目が変わるのを感じた。しっ君の段ボールの先端が上がり出した。
「今だ、身体を前に倒せ!」
声を掛けたのはさっちだった。ナイスタイミングだ。
しっ君は何のためらいもなく身体を前に倒した。今度の風は、勢いが衰えない。
「しっ君、そのまま倒し続けろ!」
しっ君は答えず、ただ必死に重心を前に倒し続けた。
今回は風圧がもの凄いので、浮かんでいる2人も段ボールをコントロールすることが難しかった。
でも、しっ君から目を離さないように、しっかりと見守り続けた。斜め前に傾いたしっ君の段ボールは、それ以上の倒れることなく均衡を保っている。いい感じだ、安定している。
「しっ君いいぞ、焦んないでそのまま耐えて」
翔一が檄を飛ばす。
さっきみんなが天の声を聞いたから、今度はきっと大丈夫。
翔一は確信していた。
しっ君の両足は、まだ地面に着いたままだ。もう一押しがあるまでその体勢をキープして、ひたすら我慢。
さっちも無駄口を叩かず、じっとしっ君を見つめる。次のステップへのタイミングを計っているようだ。
「いなボー、足が軽くなった。立ってらんないかも」
しっ君が叫ぶ。
「跳んで!」
答えたのはさっちだった。
ドンと段ボールが大きく揺れ、しっ君の足が地面から離れた。
と、しっ君の段ボールが前に倒れだした。
「あっ!!」
翔一とさっちは同時に叫び、両側からしっ君の段ボールを掴んでいた。
宙に浮かぶ二人は、自分たちの段ボールの先端を上げようと必死で体重を後ろに掛ける。
地面が近づくのが見えた。
段ボールを掴む手に更に力を入れ、二人は精一杯引き上げようと試みるが腕がしびれて力が抜けてしまう。翔一もさっちも目をつぶって歯を食いしばっている。
「ああ、もうダメか」
3人の心の中に同じ言葉が浮かんだ。そろそろ段ボールが地面を擦る音が聞こえるはずだ。
と、「フワッ」
3人は後ろから押し上げられる感覚を感じた。一気に高度を上げて前に加速していく。速い、かなり速い。3人はつんのめった状態で前に押し流されていた。
「しっ君、後ろ、後ろに体重掛けろ」
さっちが叫ぶ。
「えっ?」
しっ君は動転している。
「俺みたいにしろ、頭を後ろに反らせ、俺みたいに」
さっちのやり方が正解だ。
翔一も同じポーズをとる。
しっ君の大きな身体が後ろにしなる。姿勢がいい。やがて3人の段ボールは、先端を上に向け風に乗り始めた。
「おお、すげえな!」
しっ君がやっと言葉を発した。
「風に乗ってんだよ」
翔一が叫んだ。
「うお、気持ちいい。」
しっ君に余裕が出てきた。
「だろ?」
さっちが笑顔で答えた。
翔一とさっちは、しっ君の段ボールを掴んでいた手の力を緩めた。しっ君のバランスは悪くない。小刻みに揺れるけど心配ないようだ。
3人の段ボールは風を滑った。
「そろそろ後ろに戻されるよ、用意して」
翔一が告げた。
2回ほど大きく揺られ、やがて3人の段ボールは前から大きな風を受けて後ろにゆり戻された。
「しっ君、バランス取って、そのままの体勢をキープだよ」
さっちがアドバイスした。
3枚の段ボールが弧を描いて元の場所に戻ってきた。さっちがしっ君の段ボールを掴んでいた手を離した。
翔一は少し不安になったがしっ君の段ボールは安定を保っている。
「大丈夫みたいだね」
そう言って翔一も手を離した。
「そろそろ止まるから、そしたらまた風に乗るよ」
さっちが先回りして説明した。
3人の段ボールは風に押されることをやめ、無重力のように空に浮いた。
「来んのか?」
しっ君がさっちに向かって尋ねた。
「ああ、思い切りスピード付けてかっ飛ばすぜ!」
さっちは興奮している。
「3人で風に乗れるなんて、最高だな」
翔一は喜びを噛みしめた。
風が来た。3人の段ボールの後ろが同時に上がる。
「しっ君、さっきのポーズな」
さっちが声を掛ける。
しっ君の上体が後ろにスッと反る。翔一も後に続いた。
3人の段ボールが前に滑り出した。翔一の髪が後ろに流れ、横の景色も後ろに流れた。
しっ君はもう大丈夫そうだ。ガタイが大きい分、迫力を感じる。
さっちは早速宙返りを始めた。どこにいても落ち着きのない奴だ。
しかし上手いもんだ。まるで曲芸師だ。翔一はニヤニヤしながら感心した。
「いなボー、こうやって片方に体重掛けると曲がるぜ」
しっ君が翔一の前を横切った。
「しっ君、もうコツ掴んだね」
真っ直ぐに飛びながら、翔一は答えた。
さっちもしっ君も運動神経がいいし、呑み込みが早い。翔一があれだけ時間がかかったことを、あっという間にやれるようになってしまった。
でも翔一にはそんなことはどうでもよかった。たださっちとしっ君、大切な友と一緒に風に乗れているだけで幸せだった。
今はただただ気持ちいい。さっちとしっ君は右に左に舵を切り、翔一は真っ直ぐに、それぞれが思うように風に乗る。
正門付近まで来ると、大きな風を受けてまた後ろにゆり戻された。みんな慣れたものだ。
ここで休憩だ。
バランスだけを取って風の圧力に身を任せる。元の位置まで戻って来た。そろそろ風の流れが変わるはずだ。
「さぁ、気合い入れんぞ!!」
さっちがまくし立てた。
「おっしゃ!」
しっ君も気合いで応えた。
「よし、今度は俺もカーブ、やってみるか」
翔一は美しいターンを描く自分を想像した。
3人は高ぶる気持ちを抑えながらそのときを待っていた。
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