第5話 綻びる仮面
イザベルの「コンサルタントに会いたい」という申し出を、リチャードは「彼は多忙な人物で、匿名性を重んじている」と、巧みにはぐらかし続けていた。
だが、映画の公開が近づくにつれ、イザベルの胸を占める違和感は、棘(とげ)のように鋭い疑念に変わっていった。
決定打は、最終的な編集会議でのリチャードの失言だった。
あるシーンのカットを巡って監督とイザベルが揉めた時、リチャードが冷静に仲裁に入った。
「待て。そのシーンは観客の感情移入のピークだ。アダムが――」
コンマ数秒。
リチャードの表情が凍りついた。
彼の冷徹な仮面にごくわずかな亀裂が入り、焦燥が覗いたのを、イザベルは見逃さなかった。
「……いや、『コンサルタント』が言っていた。この構成こそが、君のメッセージを最大化すると」
会議室の全員が、その一瞬の澱(よど)みに気づいた。
だが、イザベルだけが、その「アダム」という名前の響きを、心臓に突き刺さる破片のように受け止めていた。
*
会議後、イザベルはあらゆる手段を使って調査を開始した。
スタジオの内部データベース、リチャードの過去の担当作品、および「アダム」という名前。
数日後、彼女は一つの名前にたどり着く。
「アダム・ハリソン」
数年前に天才と騒がれ、そして今や「時代遅れの白人男性」として業界から消えた脚本家。
イザベルは震える手で、アダムの過去の脚本『凍てつく国境線』のデータを入手し、読み始めた。
読み終えた時、彼女は愕然とした。
買ったばかりのモダンな家具が並ぶオフィスが、足元から崩れ落ちていくような、激しい眩暈(めまい)に襲われた。
「……同じだ」
完璧なプロット構成。緻密に計算された伏線。登場人物の心理を抉る、あの冷徹なまでの筆致。
それは、自分が書いた『アリア』の、あの見違えるように生まれ変わった「骨格」と、完全に一致していた。
彼女の「声」は、アダム・ハリソンの「才能」によって乗っ取られていたのだ。
自分の成功が、他人の才能の犠牲の上に成り立っていたという事実に、彼女は絶望的なショックを受けた。
同時に、この才能を影に追いやったシステムそのものへの、激しい怒りが込み上げてきた。
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