第2話魔王、まだ出てこない

「では勇者よ。まずは旅の準備をするとしよう」

 王様がそう言って立ち上がった瞬間、マントを踏んで転んだ。

「大丈夫ですか」

「慣れておる」

 慣れるな。

「旅立つ前に、こちらを受け取ってほしい」

 神官が差し出してきたのは、一枚の紙だった。

「……これ、何ですか」

「旅程表だ」

「手書きですね」

「今朝書いた」

 紙には、震える文字でこう書かれていた。

 ・魔王を倒す

 ・途中で迷わない

 ・なるべく死なない

「ざっくりしすぎでは?」

「重要な点は押さえておる」

「押さえ方が雑なんですよ」

 魔法使いの少女が手を挙げた。

「あと、これも必要ですよ!」

 渡されたのは、布袋。

「中身は?」

「お弁当です!」

 中を覗くと、パンが一個入っていた。

「……一個?」

「節約中なので」

「命かかってる旅で節約するんだ」

 騎士が胸を叩く。

「食料は任せろ! 狩りが得意だ!」

「何を狩れるんですか」

「ウサギ」

「それだけ?」

「あと、ウサギ」

「ウサギしかいない世界なの?」

 俺が頭を抱えていると、王様が咳払いをした。

「ところで勇者よ」

「嫌な予感しかしない」

「馬はどうする?」

「用意してないんですか」

「……忘れておった」

「忘れるなよ!」

 王様はすぐ横にいた兵士に声をかけた。

「おい! 馬を持ってこい!」

「はい! ……あ、今日は全部出払ってます!」

「じゃあ徒歩で」

「軽いな決断が」

 そのとき、扉が勢いよく開いた。

「魔王様からですー!」

 走り込んできた伝令兵が、息を切らして叫ぶ。

「魔王?」

「はい! 『今日は気分が乗らないので、また今度で』とのことです!」

「予約制なんだ」

 王様が腕を組む。

「では、今日は解散とするか」

「旅、始まってすらないですよね?」

「焦るでない。異世界は長い」

「異世界の時間感覚どうなってるんですか」

 全員が頷いた。

「分からん」

 俺は空を仰いだ。

 ――この世界、

 魔王より先にツッコミが限界を迎えそうだった。

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