第2話 青髪ノ悪魔

「……」

 暗い暗い牢屋の隅で鮮やかで美しい水色の髪に、左右対称的な赤い左目と深く濃い紺碧の右目を持つ異質な見た目の少年は人形のように座っていた。

 その腕や背中、顔には「生まれた事が罪」と理不尽な理由で殴られ大量の痣があり、舌は「薄汚い声を響かせるな」と言われ切り落とされていた。

 ただ、不幸と言うべきか幸運と言うべきか、少年は魔族すらも凌駕する再生能力が有ったが故に舌が再生しかけていた。

 いくら手をナイフで切り付けようとも、全力で殴られ骨が折れようとも本人の意思関係なく治ってしまう。

「」

 少年の目はもはや虚空すら捉えてなく、生きた屍のように空っぽだった。

「少し前までは散々喚いてたのに、今や死体みてぇにピクリともしねぇ。気色悪ぃんだよ!」

 中年の男が少年をビール瓶で力任せに殴った。

 少年は壁から引き剥がされ、瓶の破片が少年の頬を掠めたが、その傷は瞬く間に完治した。

 それを気味悪がった男が再び割れたビール瓶で殴り掛かる。

 ただそんな時間が早朝から続いていた。

「……」

 少年は反応しなかった。

 いや、出来なかった。

 する余力がなかった。

「…チッ!豪勢な飯が食えるし殺さなきゃ何しようが構わんからてめぇの監視役やってんのに泣き叫びもしなくなっちまってよ。つまらねぇな!」

 男は少年をまるでボールのように蹴り回した。

 鎖に引き戻され、再び地面に叩きつけられる少年。

「いい気晴らしだよ!」

 拳が骨を砕き、少年が地面に叩き付けられる音が狭い狭い牢屋の中に響いた。

 男が疲れ果て、鉄格子に寄りかかり酒を飲み始めた。

「……」

 少年は地面に転がったまま動く気配がなく、やがて昼になり男が昼食を食べに牢を出ても起き上がることは無かった。

 能面を着けた少女〈ピエロ〉が少年の牢屋の前に立ち少年を良く観察した。

「…へぇ、エミリーロザリアを誘拐してから数年が経ったけど、君に会うのは初めてだね神祖の器 あたしはピエロって名乗ってるそれなりに強い女の子だよ」

 ピエロの声にピクリとも反応しない少年を見てため息をついた。

「はぁ…反応なしねぇ丁重に扱えって言ったはずなんだけどな

あの暴力ジジィめ少しは加減ってのを知らんのか?」

 人形のように、死体のように転がる少年を見つめピエロは牢屋の中に入った。

「もはや怯えもしないか…面倒事ばっか起こしあがるあの暴力ジジィめ」

 昼食から帰ってきた男が牢屋の中に居るピエロを見て「誰だ!」と声を荒らげた。

「…チッ」

 ピエロは牢屋を出て男の耳元に顔を近づけ殺意のこもった声で囁いた。

「面倒事増やすなよクソ野郎」

 そう言い残しピエロは牢屋を後にし、怯える男を嘲笑うように手で口元を隠し「フッ」と鼻で笑い愉快に去っていった。

「……」

 ピエロが居なくなったのを見るやいなや鉄格子を蹴りピエロに聞こえないように不満を口にした。

「クソがッ!あのクソガキめ!調子に乗ってんじゃねえよ!」

 男が深く息を吸った直後、雨が降り始め牢屋の隅に鬼を彷彿とさせる双角の少女が立ちすくみ、牢屋の床が赤い液体や肉塊で汚れているように見えた。

「……ニン…ゲン」

 鬼の顔には表情が無く、ただ人の言葉を模倣するかのように呟いた。

 鉄格子の前に立つ双角の少女が、血で濡れた足を動かし鉄格子に歩み寄る。

 床に散らばる肉片が、ぐちゃりと音を立て、その度に男の心臓が悲鳴を上げた。

「なっなんだよ!近づいてくんな!」

 男の声は裏返り、足は竦み生まれたての子鹿のように震えていた。

 鬼は鉄格子越しに男を指さし口を開いた瞬間、雨音も、血も肉塊も消え、普段見慣れた牢屋だけが目に入った。

「ひっ…ヒイィ…!」

 男は情けない声を上げながら外へ逃げ出した。

「ハッハッハッ!傑作じゃ傑作じゃ!小さき子を虐めておったのじゃ!これくらいは当然の事よ!」

 誰も居なくなった牢屋の中に力強い少女の声が響いた。

「ほれ青い童、おーい!青いの!…ダメじゃ心が完全に死んでおる……」

 少年の目の前に再び鬼が現れ少年の頬を突いたが、少年は微動だにせず鬼は「えぇ…」と若干引き気味に少年の体を支え壁を背に座らせた。

「…何一つとして感情に変化が見られん…そもそも聞こえておるのか?」

 鬼は何度も何度も頬を突くも無駄に終わり、少年の耳に息を吹きかけて見ることにした。

「ふぅ〜」

 ただ少年の髪が揺れるだけで返事は無い。

「うむ!これではまるで死体ではないか…」

 鬼は少年の身体中をくすぐるとピクっと少し動いたが表情はお面のように変わらずにいた。

「もはやここまで来ると意地でも話したくなった!お主の弱点はどこじゃ!」

「……」

「まぁ返事が来ることは期待しとらんかったが…寂しいものじゃな…」

 牢屋の窓から一匹の蝶が入り、少年の目の前まで来ると少年の顔つきが変わり獣のように暴れ、蝶を殺そうとやけに必死だった。

「ッ!ヴヴッ!」

 鎖が擦れる音と共に、少年の唸り声が牢屋中に轟き、蝶は床に止まり休んでいた。

「ヴッヴァァ!」

 少年は必死に手を伸ばし潰そうとするも鎖が邪魔をして届かなかった。

「……」

 少年の目には憎しみと、恐怖のみが灯るのを見て鬼は蝶を掴み牢屋の外へ逃がした。

「ほれ、もう蝶々は居らんよ」

 少年はやっと鬼の存在に気が付き怯えるような目付きで鬼を見つめていた。

「やっと反応を見せてくれたか…」

 鬼はまるで我が子を愛でるような柔らかい表情で少年を見つめた。

 牢屋から離れたピエロは協会にある女神像の前で膝を付き手を合わせていた。

「……ぼくの名に誓う。あの子達は傷付けない…傷付けさせないよ」

 一つの指輪を女神像に捧げるように手を掲げ、優しく握る。

ぼくあたしである限り約束は絶対だ」

 指輪を左手の薬指にはめ手袋で隠した。

「いや〜済まないねぇルーズ。……能面が邪魔して後ろ見えねぇ…」

「……馬鹿か」

 ピエロの後ろに神父姿の青年〈ルーズベル〉が呆れ顔で立っていた。

「酷いなぁ〜普段のお面じゃ無いんだよ。わざわざあたしは役不足のなか!一人二役をやっているんだ!とてもとても大変なのだよっ!ルーズベル リ アズマリア君!」

 ピエロは大袈裟に手を広げ、ふざけたように見せたが、ルーズベルは眉をひそめる。

「お前のそのノリに着いていける気がせんな」

 ルーズベルは真面目な表情で続けた。

「青髪のガキの状態を教えろ」

 ピエロは扉を指差し、答える。

「ここじゃ聞かれるかもだし休憩室かどっかいい部屋あるかい?永い話になるからコーヒーとか菓子とかあると楽かもよ」

 二人は能面が無造作に置かれたテーブルの上のコーヒーを啜りながら菓子を口にした。

「…それで、青いガキは」

 ルーズベルの問いに、ピエロは能面を外し、ため息をついた。

「それがねぇお手上げ状態」

 コーヒーカップをソーサーに置きお面を指の上に乗せ回転させながら言った

「ありゃマズイよ。具体的ってなんつーか…あの子、心が完全に死んでるし、監視役が暴力しまくってるせいで肉体の回復に体力回っててね。

このままじゃ、あの子死ぬね」

 ルーズベルは神妙な顔をする。

「では予定より早めるか?」

「…多分、無理だよ。まず、早めたところで死んでるもんは死んでいるから手遅れだ。

 次に、シナリオ通りに進むには時間が必要だ。じっくり待って二人の器を接触させないといけない。このままじゃエミリーちゃん連れてきた理由ないでしょ?

 んで最後。ここが厄介でね〜「各国があたし達を探している」だ。ここで表立って動けば敵勢力を是が非でも潰さないといけなくなる」

 ピエロは能面を空に投げキャッチした。

「これ、ただの能面じゃないんだよね。抗魔の面って名前でね、魔法攻撃を当たる前に破壊するって効果あんのよね。後は分かるでしょ?神聖の魔術師ルーズベル。いや、転生者って云うべきかな?」

 挑発するように笑う声でルーズベルを見た。

「……」

 ルーズベルの目はゴミを見る目に変わった。

 ピエロは能面を投げ捨て笑顔が貼り付けられた真っ白なお面を顔に押し当てた。

「ふざけているのか?」

 ルーズベルの背後に魔法陣が現れ一本の槍が姿を見せる。

「違う違う〜ピエロとしてではなく!ただのピエロとして、道化として君の能力を買ってるだけだよ」

 表情はお面で隠されて見えないが、声には明らかに嗤う色があった。

「…フィクサーめが。私の転生者の異能ギフトにしか興味が無いくせに」

 今度は悲しい顔が貼り付けられたお面を取り出し顔に押し当てた。

「酷いこと言うね〜」

 ルーズベルは悲しみのマスクの中で嗤う道化を蔑む目で見下し、魔法を解き、扉へ歩く。

「あっそうだそうだ!ルーズくん!これだけは言っておくよ〜!」

 夕暮れ時の陽光が薄暗い部屋を、道化ピエロの背を照らしお面を下げた顔はよく見えなかった。

「神に惑わされるな」

 だが、声は嗤っていなかった。

 ルーズベルは無視しドアノブに手を掛けたが後ろを振り向き問いを投げかけた。

「道化風情に何が出来る?転生者ですらない貴様が」

 その問いにピエロは短く、しかし確信を持って答えた。

「何でも」

 その答えを聞きルーズベルは何も言わず部屋を出ていった。

 静かな部屋に独りピエロはニヤリと笑った。

黒幕フィクサーねぇー黒幕なら他にいるってのにさー」

 フードを脱ぎ、腰まである真っ黒な髪が下ろされた。

「あ〜暑っつい…」

 窓から外を眺め、陽の光がありふれた少女の容姿が窓に反射した。

「平凡が一番」

 自分の顔を愛でるように窓に反射した平凡な少女の顔を撫で回した。

「天を仰ぐは人の子よ 地を見下すは邪推な神 ぼくの子供は命を繋ぐ あたしの主は道を示ず 舞い踊れ『転校操作ロン』」

 雨が降り始めピエロの顔から笑顔が消え、部屋の隅に置かれたモゾモゾと動く袋を眺めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る