第13話 昨日の敵は今日の友ですわ

「あんなに貴重な初版本の数々を売った? イヴェイン殿下は、読書家で知的キャラなのに……」

 セレノアは、前世でプレイしたゲームの記憶を辿る。


 イヴェインは攻略対象の中でも屈指の読書家で、蒐集コレクション本の革の表紙を撫でる時の彼の指先は、ヒロインに向けられるそれよりもずっと優しく、ヒロインがヤキモチを妬くコメディ展開もあった。


「エマ。決めたわ。私のこれまでの収益すべてを使って、売られた蔵書を買い戻す」


「はぁっ!?」

 エマが思わず素っ頓狂な声を上げる。


「何を言っているの? せっかく頑張って稼いだのに、そんなことをしたら、あなたの隠居資金はパァよ?」


「収益の使い途は、私が決める」

 セレノアは毅然と背筋を伸ばし、エマを真っ直ぐに見つめ返した。その瞳には、かつての高慢な悪役令嬢としての意地ではなく、一人の女性としての、凛とした覚悟が宿っていた。


「自分のために集めたお金を、自分のせいで大切なものを失った人のために使う。それが、私なりの美学ですわ……って、久々に悪役令嬢しぐさが出ちゃった」

 セレノアはそう言ってから苦笑する。


「いいえ。あなたは、どこからどう見ても『悪役令嬢』なんて呼べないくらい、素敵なお嬢様だわ。その覚悟、買ったわよ」

 エマは毒気を抜かれたように口を半開きにしていたが、やがてふっと顔を綻ばせた。そして魔導端末を叩き、素早く事業計画を書き換え始めた。


「スパチャ収益は王子を更生させたから、今のところは期待できない。なら、別のルートで稼ぐわ。すなわち、物販グッズよ!」


「グッズ……?」


「そう。定番なところだと、ポスターとかアクスタとか、キーホルダー? あとはシエルノワールの夜空の紋章入り魔導キャンドルとか、リリンの肉球スタンプ型シュガー付き紅茶……」


「それ、けっこう前から考えてた感じね」

 次々と湧いてくるグッズの種類の多さに、セレノアは笑った。


「いつかそんな日が来ると思って、アイデアを書き溜めていたのよ。そして目玉は――あの男とのコラボ商品!」

 エマの視線の先には、チャット欄の『燻製ソーセージ男』のアイコンがあった。


「この人と? どこの誰かも、そもそも本当に人間かどうかも怪しいのに」

 セレノアの懸念に、素早く画面をタップして何かを打ち込んでいるエマが、ニヤリと唇をつり上げる。


「ネットの世界じゃ、正体不明な人ほど特定の分野の神様だったりするのよ。あの男の知識は本物だと思う。このままじゃ身バレする日も遠くないかもしれない。だったら、彼を味方につければ、あなたの『北の領地のハーブ使用疑惑』も、彼が『これは私の特注だ』と一言言うだけで最高のカモフラージュになるわ。さあ、口説き文句は考えてあげたから、送信ボタンを押して!」

 エマがミロワール・ヴィヴィアンを差し出してきた。そこには長文のダイレクトメールの下書きがある。


【突然の不躾なご連絡、失礼いたします。シエルノワールです。先日の配信では、私共の至らぬ点を鋭くご指摘いただき、感銘を受けました。あなたのソーセージに対する並々ならぬ情熱……それは、一リスナーの域を超えた真の職人の輝きを感じさせます。

そこで提案です。私の特製ソースと、あなたの燻製技術を融合させ、この世界に真の美食を提示してみませんか?

もちろん、身元を明かす必要はありません。報酬は売上の五割。これを軍資金に、最新式の『超広域魔導乾燥機』を買うのはいかがかしら? それから、北の領地にしか自生しないという、あの『月見バジル』の最高級乾燥チップを一袋、契約金として提供いたしましょう。これがあれば、あなたのソーセージはさらなる高みへ至るはずです】


「どうなっても知らないわよ」

 セレノアは、送信ボタンをタップした。


 しばらくしてから、意外にも了承の答えが返ってきたのである。こちらが提示した条件がそれほど魅力的だったのだろう。


 ソーセージの受け渡しは、エマの転送魔法と無人の指定ポイントを使い、幾重にも隠蔽を施して行われた。


 グッズの製作も、ディアルカ領に工場を作ったおかげで、雇用の促進にもつながり領地は活気に満ち溢れる。


 そして、いよいよ発売されたグッズのほとんどは、開始早々に在庫がなくなり、特に『魔女と職人の禁断のおハーブソーセージセット』は、販売開始からわずか三十秒足らずで完売sold outの表示。


「やったわね!」


「ええ。リスナーさんたちも喜んでるし、この路線もいけそうね」

 セレノアはエマと抱き合って喜びを分かち合う。


 だが、その直後。チャット欄に絶望の文字が躍った。


《【ポンコツ紳士】:買えなかった。公務が長引き、やっと見に来れたと思えば……何一つ残っていない。シエルノワールの手料理が、私の手元に来ないというのか? やむを得ん。闇の市にある定価十倍のものを買い占めるしか……!》


「早まらないで、ポンコツ紳士さん!」

 セレノアは反射的に、配信用のマイクを掴んで叫んでいた。


「ポンコツ紳士さん、闇の市転売ヤーから買うなんて、絶対に許さないわ! 不当な対価を支払うのは、私やリリンの努力を汚す行為よ!」

 シエルノワールの必死な声に、リスナーたちが静まり返る。


「安心して。すぐに『完全受注生産』の手配をする。時間はかかるけれど、必ず、真っ当な価格でお届けすることを約束するわ。だから……卑怯な者たちの力を借りるような真似は、なさらないで?」

 シエルノワールは星を浮かべた潤んだ瞳で、画面の向こうにいるポンコツ紳士に切実に語りかけた。


《ノ、ノワたん……! ああ、君はなんて高潔なんだ……! 承知した、いつまでも待とう。闇の市の影など、私がこの国の法をもって一掃してやる!》

 王子の更生が、転売屋の殲滅という社会貢献へと繋がった瞬間であった。


「はあ……イヴェイン殿下って、更生しても結局は暴走するのね」

 配信を終えたセレノアは額の汗を拭う。


 だが、これで蔵書を買い戻すための資金の目途はつき、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

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