第11話 燻製ソーセージ男さんから質問が届きました

 配信終了を告げる光が消え、室内は静寂に包まれた。


「終わった~」

 セレノアは肺に残った空気をすべて吐き出すように、椅子に深く沈み込む。心地よい高揚感と、それ以上に重い疲労が、ずっしりと肩にのしかかってきた。


「お疲れ様! 過去最高の収益が入ったわ、ありがとう!」

 エマが、清々しい笑顔でこちらの手を握り、謝意を伝える。


「どういたしまして。それより、イヴェイン殿下って、あんなキャラじゃなかったはずよね? 好感度がカンストしたって、あんな残念イケメンじゃなかったわ」

 セレノアは両手で頬を覆い、ため息をついた。あのなりふり構わないスパチャと必死のコメント。ゲームの中のクールな王太子像は、今や音を立てて崩れ去っている。


「良くも悪くも『一途』という性格は変わっていないんじゃない? もう言っちゃえばいいのに、『私がセレノアよ』って」

 エマの気軽な提案に、ぶんぶんと大きく首を横に振る。


「無理無理! 『シエルノワール』は好きかもしれないけれど、『セレノア』のことは顔も見たくないとはっきり拒絶したんだから。もし正体がバレたら、よくも騙したななんて、ブチ切れられるのが目に見えてるわ」

 セレノアはぞくりと寒気を覚えて、自身の両腕をかき抱いた。


「そう、それなら私は全力で協力するだけよ。まだまだ出したいコラボネタもあるし!」

 エマはいたずらっぽく笑った。彼女にとっては収益と夢を両立させる楽しいなのだろう。


 だがセレノアにとっては、一歩間違えれば崖っぷち。この綱渡りからいつ無事に降りられるのか、まだ誰にもわからないのだ。


 数日後。エマの提案により、次の企画が動き出した。題して『夜空の魔女の、異世界クッキング実況配信』だ。


「さあ、人気が出たところで守りに入っちゃだめよ! 次は手元のアップで、ライブ感を出しましょう!」

 エマの指示のもと、セレノアはミロワール・ヴィヴィアンに特殊な広角レンズ魔法を連結させた。


「皆様、こんばんは。今日は『ドラゴン・トマト』を使って、特製のソースを作っていきますわ」

 シエルノワールとしての優雅な所作を意識しながらも、前世のズボラ飯テクニックを惜しみなく披露する。魔法のナイフを使いこなし、火属性魔法でトマトを一気に湯剥きしていく。


《ノワたん、本格的な料理までできるのか。完璧超人すぎる……!》

《そのソース、商品化してほしい。 画面越しにいい匂いがしそう》

 リスナーが盛り上がる中、調理の仕上げに、領地の裏庭に自生していた『月見バジル』をパラリと振りかけた。その瞬間、画面が黄金の輝きに包まれる。


《【ポンコツ紳士】さんから、五万リュミのスパチャが届きました!》

《おお……! その鮮やかな手捌き、輝く色彩! 料理をする君の指先までが、一条の光のように美しい。そのソースを、ぜひ我が家の晩餐に迎えたいものだ!》


(――殿下、落ち着いてくださいませ!? 公務で疲れてるのか知らないけど、食欲と独占欲が混ざり合ってて、みんな引いているわ!)

 セレノアは焦った。


 だが、彼の熱狂に冷や水を浴びせるような、無機質なフォントのコメントが流れた。


《【燻製ソーセージ男】さんから質問が届きました》

《その青い斑点のあるハーブは『月見バジル』ではないか? それは北の最果て、ディアルカ公爵領にしか自生しないはず。自家製の燻製ソーセージの香料として常用している私が見間違えるはずはない》


(な、なんですって?  誰なの、この人!?)

 一気に冷や汗が噴き出す。誰かは知らないが、この『燻製ソーセージ男』というアカウント、恐ろしいほどマニアックな知識を持っている。


「あら、燻製ソーセージ男さん、よくご存知ね。残念だけど、こちらは昨日の市場で買い求めたのよ。特定の領地のものだとは知らなかったわ」

 セレノアは努めて冷静に答えたが、燻製ソーセージ男の追及は止まらない。


《では、その使い込まれた包丁。その研ぎ方は独特な光の紋が現れている。それはディアルカ領にいる、通称『研ぎのガンス』に手によるものだな。私もソーセージ作りの際に使用するから一目でわかる》


(何この人~~!? どうして、そんな細かいところまで見てるの? てか、うちのガンスさん、そんな有名人だったんだ!?)

 動揺して一瞬動きを止めた隙に、ポンコツ紳士が再び割り込んできた。


《【ポンコツ紳士】さんから、五万リュミのスパチャが届きました!》

《燻製ソーセージ男とやら、貴様はさっきから何を無粋な指摘をしているのだ! ノワたんが市場と言えば市場なのだ。彼女の指先が美しい、それで十分ではないか! むしろその気高き所作こそ、彼女が真に高貴な魂の持ち主である証拠。ああ、ノワたん、君の手料理を食べられる者がこの世にいるとしたら、私は嫉妬で気が狂いそうだ!》


 ソーセージの冷徹な観察眼と、ポンコツの盲目的な長文全肯定。チャット欄で二つの巨大な感情が衝突する。


《成金紳士vsソーセージマニアw》

《ノワたんの困り顔かわいい》

《ソースとソーセージのコラボの商品化はよ》


「そ、そうね。おしゃべりが過ぎてソースが焦げてしまうわ。魔法で仕上げていくわね」

 私は笑いながら話題を切り替え、料理を完成させるとASMRもそこそこになんとか配信を完走させた。


 配信終了後。私は椅子に崩れ落ち、震える手で茶を飲んだ。


「ふう……一時はどうなるかと思ったわ。あの燻製ソーセージ男って、何者なのかしら? 観察眼が鋭すぎて、蛇に睨まれた気分だわ」


「そうね。ポンコツ王子より厄介かも。ちょっと待って。ログを解析してみるわ。これ、ヒロインのチートスキルでサーバーの裏側が覗けるのよ」

 エマがミロワール・ヴィヴィアンの画面を手早くタップし、管理画面へのアクセスを開始する。


「ふうん……この『ポンコツ紳士』と『燻製ソーセージ男』、二人ともアクセス元は同じ王宮エリアみたい」


「王宮……。やっぱり『ポンコツ紳士』さんはイヴェイン殿下で間違いないのね」

 セレノアが魔導網でイヴェインの名前を検索すると、そこには芳しくないニュースの見出しが躍っていた。


『王太子、寝不足により公務遅滞か  謎の配信者への心酔に周囲からは懸念の声』

『裸の王子様? 側近の声はもはや届かず』

魔導通貨スパチャの出どころは国庫? 王家広報はだんまり』

『王子を惑わす夜の声 消えた魔道通貨』

 

「な、なによこれ! 私が悪いみたいじゃない!」

 セレノアは思わず立ち上がり、画面に向かって抗議した。自分が望んだのは生存ルートであって、国の滅亡ではない。


「でも、実質あなたの配信に夢中で、夜な夜なスパチャを積んでいるのは事実だものねえ。 親の立場から見れば、行き過ぎた推し活をする子供は悩みの種かもね」


 そんなの知ったことではない。でも推し活で自滅する推しなんて見たくない。


「いっそ、シエルノワールの権威を使って『王子の更生プログラム』でも始めてみる?」


「配信で、そんなことができるの?」

 セレノアは不思議そうな顔でエマを見返した。


 


「ええ。彼があなたに執着している今だからこそ、効く魔法があるわ。覚悟はいい? 明日からシエルノワールは、王国の救世主になるのよ!」

 エマの瞳には、かつて修羅場の同人原稿を仕上げた時のような、凄まじい決意の光が宿っていた。


 没落を回避するための不労所得活動が、いつの間にか国家規模のプロジェクトへと変貌しようとしていた。

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