第17話

競技会最終日、決勝戦。

 種目は『タワー・スクランブル』。

 フィールド中央にそびえ立つ高さ50メートルの塔を、魔法で妨害し合いながら登り、頂上のフラッグを奪い合う競技だ。


 スタジアムは異様な空気に包まれていた。

 対戦相手である第三高校の選手たちの様子が、明らかにおかしいのだ。


「……ウゥ……アァ……」


 彼らの目は血走り、口からは涎が垂れている。

 焦点が定まっていないのに、体からはどす黒いほどの魔力が噴き出している。


「おいおい、なんだアレ? 薬でもやってんのか?」


 スタートラインに立つ一条帝が、気味悪そうに顔をしかめる。

 エンジニア席の九重蓮は、モニターに映る彼らの生体データを解析し、舌打ちをした。


(……『ニューラル・オーバードライブ』か。脳の安全装置(リミッター)を薬物と電気信号で焼き切って、無理やり反応速度を上げている)


 昨夜の権藤という男、なりふり構わず「勝てる駒」を作ってきたらしい。

 あれでは試合後に廃人だ。

 まさに、人間を「部品」としか見ていない大人のやり方だ。


「試合開始(スタート)!!」


 ブザーが鳴る。

 瞬間、三高の選手たちが消えた。


「なっ!?」


 帝が反応する間もなく、ドゴォッ! と鈍い音が響く。

 帝の体が宙を舞い、塔の壁面に叩きつけられた。


「がはっ……!? は、速……!」

「帝くん!」


 九重桜が援護射撃を放つが、敵は人間とは思えない奇怪な動き――関節を無視した挙動で回避し、壁を垂直に駆け上がっていく。


「キシャアアアッ!」

「速い! 魔法の発動も、動作も、生物の限界を超えている!」


 実況が絶叫する。

 帝は防戦一方だ。

 思考するよりも早く敵が目の前に現れ、魔法を叩き込んでくる。

 脳のリミッターを外した「暴走状態」の人間には、常人の反射神経では勝てない。


 一高の敗北濃厚。

 会場の空気がそう傾きかけた時、帝のインカムから冷徹な声が響いた。


『――帝、桜。聞こえるか』


 蓮の声だ。


『相手はもう人間じゃない。ただの暴走する肉塊だ。まともに付き合うな』

「だ、だけどよぉ! 目で追えねえんだよ! どうすりゃいい!」


 帝が炎を放ちながら叫ぶ。

 蓮は、手元のガラケーを開いた。

 画面には、昨夜予告した通り「リミッター全解除」のコードが表示されている。


『簡単だ。……お前らも「人間」を辞めればいい』


 カチッ。

 蓮がキーを押した。


『オートパイロット・モード、起動(エンゲージ)』


 その瞬間。

 帝と桜の視界が、デジタルな情報に塗り替えられた。


「え……?」


 視界の中に、赤い予測線(ライン)が走る。

 それは、敵が「0.1秒後に移動する位置」と「最適な攻撃角度」を示していた。


『思考を捨てろ。体の制御を端末(オレ)に委ねろ。お前らはただ、引き金を引くだけでいい』


 蓮は、二人の運動中枢に直接干渉していた。

 ガラケーの超高速演算で敵の動きを解析し、その対処法を二人の肉体に強制送信する。

 いわば、蓮がコントローラーを握り、帝と桜という「キャラクター」を操作する状態だ。


「……ハッ! お前って奴は、どこまで性格が悪いんだ!」


 帝が笑う。

 目の前に、敵が迫る。

 帝の脳が「右に避けろ」と判断するより早く、帝の体は勝手に左へ跳躍していた。


 ドォォン!!

 敵の攻撃が、帝のいた場所(右側)を粉砕する。

 敵のフェイントを、蓮の演算が完全に見切っていたのだ。


「すげぇ……! 勝手に体が動く!」

「ロックオン、確認」


 桜が空中で回転しながら、ノールックで背後に杖を向ける。

 そこには、死角から襲いかかろうとしていた敵がいた。


「凍りなさい」


 パキィィィン!!

 正確無比な氷撃が、敵の手足を凍結させ、塔から叩き落とす。

 自動照準(エイムボット)。

 蓮のサポートにより、二人の戦闘能力は「神」の領域に達していた。


「な、なんだあの動きは!?」

「三高の動きを完全に読んでいる!?」


 形勢逆転。

 帝と桜は、まるで精密機械のような連携で塔を駆け上がっていく。

 暴走した獣(三高)と、洗練された機械(一高)。

 勝負は見えていた。


 塔の頂上付近。

 最後の敵――リーダー格の選手が、全身から血を噴き出しながら立ち塞がった。


「ウガァァァァッ!!」


 彼は自らの命を削り、巨大な重力球を作り出す。

 自爆覚悟の広範囲攻撃だ。


「ちっ、道連れにする気か!」

「帝、下がって!」


 二人が足を止める。

 だが、蓮の声はあくまで冷静だった。


『止まるな。突っ込め』

「はあ!? 死ぬぞ!」

『死なない。計算済みだ』


 蓮の指が、ガラケーの上で残像を残す。


『出力最大。……一撃で終わらせる』


 帝の持つ端末「ブラック・ゼロ」が、キィィィンと高音を立てて唸る。

 冷却ファンが悲鳴を上げ、筐体が赤熱する。

 だが、その熱はすべて魔力へと変換された。


「……信じるぜ、相棒(エンジニア)!」


 帝は迷いを捨て、重力球に向かって跳んだ。

 体が勝手に、最適なフォームへと矯正される。

 右手に、太陽のような灼熱が収束する。


「消し飛べェェェッ!!」


 『プロミネンス・インパクト』。


 ズドォォォォォォン!!


 閃光がスタジアムを白く染めた。

 重力球は一瞬で蒸発し、敵選手は衝撃波で吹き飛ばされ、空の彼方へと消えていった。


 光が収まると、塔の頂上には、フラッグを握りしめた帝と、彼を支える桜の姿があった。


「勝者、第一高校!!」


 実況の声と共に、大歓声が爆発する。

 帝はボロボロになった端末を掲げ、エンジニア席の蓮に向かって親指を立てた。

 その端末からは、ぷすぷすと白い煙が上がっていた。

 役目を終えた「鉄屑」の最期だった。


          ◇


 表彰式。

 優勝旗を受け取る選手たちの姿を、蓮は遠くから眺めていた。


「……これで文句はないだろ」


 肩の荷が下りた。

 これでやっと、普通のモブ生活に戻れる。

 そう思って背を向けた時、背後から声をかけられた。


「見事だったわ、九重くん」


 生徒会長、七瀬凛だ。

 だが、その表情は険しい。


「……でも、残念なお知らせがあるの」

「何です? ボーナスカットですか?」

「いいえ。……権藤が逃げたわ。警察が踏み込む直前に、研究データを持ち出してね」


 凛がタブレットを見せる。

 そこには、海外への逃亡ルートが予測されていた。


「奴は軍事国家『帝国』へ亡命するつもりよ。……一高(あなた)の戦闘データを手土産にしてね」


 蓮の目がすぅっと細められた。

 自分の書いたコード、そして妹の戦闘データが、戦争の道具に使われる。

 それは、エンジニアとして最も許せない「バグ」だった。


「……会長」

「何かしら?」

「修学旅行の行き先、どこでしたっけ」

「確か……京都を経由して、大阪湾からクルーズ船だったかしら」


 蓮はガラケーを取り出し、カチリと閉じた。


「そうですか。……ちょっと、害虫駆除の範囲を広げないといけませんね」


 競技会の狂騒は終わった。

 だが、物語は学園の枠を超え、国家間の暗闘へとスケールアップしようとしていた。

 魔力ゼロのエンジニアの戦いは、まだ終わらない。

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