第14話

大会2日目。メインイベント『モノリス・コード』。

 スタジアムの熱気は最高潮に達していた。


 フィールドには、市街地を模した巨大な廃墟セットが組まれている。

 ルールは3対3のチーム戦。魔法攻撃で敵を排除しつつ、敵陣奥にある「石碑(モノリス)」を破壊すれば勝利となる。


「準決勝、第一高校 対 第三高校! 試合開始(スタート)!」


 ブザーと共に、一条帝が飛び出した。

 彼は前衛(アタッカー)。自慢の機動力で一気に敵陣へ切り込む作戦だ。


「昨日の借りを返してやるぜ、三高! 喰らえ!」


 帝は走りながらスマホを操作し、牽制の火球を放つ――はずだった。


 スカッ。


 帝が腕を振るっても、何も出ない。

 火球が出現したのは、彼が腕を振り切ってから一瞬遅れたタイミングだった。


「――っ!? なんだ!?」


 狙いが逸れた火球は、敵のいない明後日の方向へ飛んでいき、壁を焦がしただけだった。


「ハハッ! どこを狙っているんだエリート君!」


 三高の前衛が笑いながら反撃してくる。

 風の刃が帝を襲う。

 帝は慌てて防御シールドを展開しようとする。


(……間に合え!)


 だが、シールドが展開されたのは、風の刃が帝の肩を切り裂いた「後」だった。


「ぐあっ!?」


 帝がたたらを踏む。

 浅いが、出血している。


「おいおい、どうした帝! 動きが鈍いぞ!」


 ベンチで見守っていた一高のメンバーが叫ぶ。

 帝自身が一番混乱していた。

 (体が重いわけじゃない。端末の反応も悪くない。なのに……魔法の発動だけが、ワンテンポ遅れる!)


          ◇


 後衛にいる九重桜もまた、異変を感じていた。

 彼女の役割は、遠距離からの狙撃と、帝のバックアップだ。

 だが、照準が合わない。


(……おかしいです。予測演算と、実際の発動座標にズレがあります)


 桜が氷の弾丸を放つ。

 しかし、敵は余裕を持ってそれを回避する。まるで、桜の攻撃タイミングを読んでいたかのように。

 いや、違う。

 桜の魔法が「遅れて」いるのだ。


「そこだ! 隙だらけだぜ!」


 三高のスナイパーが、桜の隙を突いて岩陰から魔法を撃ち込む。

 ドォォォン!!

 桜は直撃こそ避けたが、爆風で吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられた。


「きゃあっ!」

「桜さん!」


 一高チームは防戦一方だった。

 観客席からは、「昨日の勢いはどうした?」「やっぱり一高はマグレだったのか」という落胆の声が聞こえ始める。


 三高のベンチでは、顧問の教師とエンジニアたちが、陰湿な笑みを浮かべていた。


「ククク……いくら端末を改造しようが、通信回線そのものを弄られてはどうしようもあるまい」


 彼らが仕掛けているのは、ジャミングではない。

 もっとタチの悪い、「パケット遅延攻撃(ラグ・インジェクション)」だ。

 会場の通信サーバーと一高の端末の間に割り込み、ダミーデータを大量に送りつけることで、通信速度(ping)を意図的に低下させているのだ。

 その遅延、わずか0.5秒。

 だが、コンマ一秒を争う魔法戦闘において、0.5秒のラグは「死」を意味する。


          ◇


 一高のエンジニア席。

 九重蓮は、モニターに表示される戦況ログを無表情で見つめていた。


「……なるほどな。やってくれる」


 隣に座る生徒会長の凛が、焦ったように声をかける。


「九重くん! どうなってるの!? 端末の不調? それとも帝くんたちのミス?」

「いいえ。……ラグですよ」


 蓮はガラケーを取り出し、通信パケットの解析画面を開いた。


「敵はジャミングのような分かりやすい妨害はしていない。その代わり、特定のパケットだけを『迷子』にさせている。……ネットワークの混雑を装った、非常に巧妙な遅延工作です」

「遅延……? じゃあ、どうすればいいの!?」

「正規のルートを通っている限り、防げません。向こうは大会運営のサーバー管理者を買収している可能性がありますから」


 フィールドでは、帝が二度目の被弾をし、膝をついていた。

 桜も瓦礫の陰に釘付けにされている。

 このままでは敗北は必至だ。


「……くそっ、動け! なんで魔法が出ないんだ!」


 モニター越しに、帝の悲痛な叫びが聞こえる。

 蓮は、その声を聞いて、静かに目を細めた。


「……俺のチューニングした端末に、ケチをつけられるのは癪だな」


 蓮は凛に向き直った。


「会長。許可をください」

「許可?」

「ここからは『ルール無用』の領域です。……俺が、回線を掃除します」


 凛は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。


「好きになさい。責任は生徒会が持つわ」

「了解」


 蓮はガラケーを開いた。

 その指が、怒りを秘めた速度でキーを叩き始める。


(遅延攻撃か。面白い。ネットワークの帯域(道路)をゴミで埋め尽くして渋滞させているなら――)


 蓮の目が、冷徹なハッカーの色に染まる。


(――その『道路』ごと、俺が乗っ取ってやる)


 「見えない妨害」に対する、蓮の「見えない反撃」。

 フィールドの空気すら変える、カウンター・ハックが始まろうとしていた。

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