第7話

第5話:対策

 闇が王都を包み込み、街灯の魔石が淡い光を灯し始める頃。

 シフォンはアリアをその邸宅の門まで送り届けていた。

 

「シフォンさん……本当に、無理はしないでくださいね」

「……大丈夫。五つのパフェは、逃さない」

 

 冗談めかした言葉でアリアの不安を和らげ、シフォンは一人、静まり返った夜道を歩き出す。だが、その足取りは学園で見せる少女のそれではない。一歩ごとに殺気を消し、周囲の気配を読み取り、死角を潰す――歴戦の傭兵としての歩法だった。

 宿舎へと戻ったシフォンは、窓を開け放ち、夜風に吹かれながら思考を巡らせる。

 脳裏にあるのは、昼間にグレイスが放ったあの禍々しい紫色の魔力だ。

 

(……あれは、内側から溢れる力じゃない。外付けの歪な心臓だ)

 

 グレイスの身体は、魔石の膨大な出力に耐えきれていない。あのまま戦えば、彼女は力を使い果たす前に自壊するだろう。

 だが、シフォンが真に警戒しているのは、グレイスという少女そのものではない。

 

(あのレベルの呪具を、平気で一学生に渡す『黒幕』。……その目的は、私の正体を確認することか、あるいはアリアの排除か)

 

 シフォンが指先を虚空に走らせ、対策のための魔力術式を編んでいた、その時。

 背後の気配が、わずかに揺れた。

 

「……相変わらず、隙がないな。シフォン」

 重厚な、聞き覚えのある声。

 シフォンは振り返らず、術式を消すと静かに口を開いた。

「……ガリル。ノックくらい、してほしい。……反射で、首を飛ばすところだった」

「はは、そいつは勘弁してくれ」

 

 闇の中から現れたのは、巨躯を揺らす厳つい男――ガリルだった。彼は窓辺に座るシフォンの隣まで歩み寄ると、父親のような心配そうな眼差しを向けた。

 

「学園生活はどうだ? 菓子を食って、友達を作って、平和を謳歌しているかと思って見に来てみれば……どうも、不穏な匂いがするな」

「……嗅覚は衰えてないみたいだね。……少し、厄介事に巻き込まれた」

 

 シフォンは椅子に深く腰掛け、この数日に起きたことを淡々と話し始めた。

 アリアを狙う革新派の影。食堂でのいざこざ。暗殺者の返り討ち。そして今日、グレイスという少女が手にした謎の「魔石」の力と、彼女からの決闘状。

 話を聞き終えたガリルの顔から、冗談めかした色が消え、王国の重鎮としての冷徹な眼光が宿った。

 

「……『狂乱の魔石』か。禁忌に触れた代物だな。それを学生に持たせたとなれば、学園内の問題では済まない。国家転覆を狙う組織、あるいは隣国の工作員が絡んでいる可能性がある」

「ガリル。……一つ、頼みがある」

 

 シフォンが瑠璃色の瞳を向ける。その眼差しは、対等な「戦友」としてのものだった。

 

「グレイスに力を与えた黒幕を、洗ってほしい。……明日の決闘、奴は必ず現場に来る。グレイスが私を追い詰めるか、あるいは私が正体を露わにする瞬間を、特等席で見物するはずだ」

「……俺に、そいつを捕らえろと言うんだな?」

「ああ。……グレイスの方は、私が無力化する。死なせない程度に。……けれど、観客席に潜むネズミまで相手にする余裕はない。……パフェを食べ損ねたくないから」

 

 ガリルは一瞬呆れたように肩を竦めたが、すぐに口角を上げた。

 

「……了解した。傭兵団『銀の風』の元リーダーを使い走りにするとは、高い依頼料になるぞ」

「……ツケにしておいて。村に戻ったら、最高の生糸を送るから」

「ふん、楽しみにしてる。……おい、シフォン」

 

 去り際、ガリルは扉に手をかけたまま、一度だけ振り返った。

 

「あまり、無理をするな。お前はもう『死神』じゃない。……ただのアイス好きの学生なんだからな」

「……分かっている」

 

 ガリルが気配を消して立ち去ると、部屋には再び静寂が戻った。

 シフォンは机の上に置かれた一本の「ただの棒」――演習用の木槍を手に取る。

 

(……対策、か)

 

 彼女が考えるのは、如何に勝つかではない。

 如何に「相手を殺さず」「自らの正体を可能な限り隠し」「それでいて敵の術理を破壊するか」

 それは、単に敵を殲滅するよりも遥かに高度で、繊細な技術を要する作業だ。

 シフォンは指先で木槍の表面をなぞる。

 微細な魔力を浸透させ、木の繊維一本一本に、強化と衝撃吸収の術式を刻み込んでいく。表面上はただの木槍。だが、その本質は、一撃で巨岩を砕き、同時に羽毛のような優しさで衝撃を逸らす「神具」へと変貌を遂げていく。

 

「……グレイス。あんたの愛も、魔石の力も、……全部、冷たいアイスで冷やしてあげる」

 

 月明かりの下、銀髪の少女は静かに目を閉じた。

 嵐の予感を孕んだ夜が、更けていく。

 明日、王立リリウム学園の演習場に、新たな伝説が刻まれようとしていた。

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