05 何てことはない
時間も体調もまだ平気そうだ、と判断してジェズルは次の一杯を頼んだ。レオニスも同じものを頼む。
「調律院のことは、正直に言えばこれまでほとんど興味がなかったんだ。理術と魔術が違うことくらいは知ってたが……怒るなよ? 少々胡散臭い部署だと」
「怒らないよ」
むしろジェズルは吹き出した。
「『派手なようで実は支柱役』という評価はときどきされるが、『胡散臭い』は初めて聞いた」
「理術士に言う奴はいねえよ」
ジェズルのみならずレオニスもずいぶん笑いやすくなっていた。酒の力か、それとも気を許してきた証か。
「でも調べてみりゃ、お前の言う通り。派手な術を使って花形扱いされる場合もあるが、普段は地味なもんだ。日々は都市基盤を支え、各地の事故に馳せ参じる、カーセスタにはなくてはならない存在、それが理術士」
芝居がかって手振りをつけるレオニスに、ジェズルは苦笑した。
「酔ってないか?」
「事実だろうがよ。俺はやる気出たぞ」
「有難いよ、そう思ってもらえるのは」
一歩間違えば理術士は「国の便利屋」だ。そうならないように調律院が立ち回っている。この特異な技術を操る者たちが使い潰されないように。
「支える側ってのもいいなあって思った訳。んで、マジで勉強したし、試験にもバッチリと……」
「そうだ、聞きたいことがあったんだ」
ジェズルは酔っ払いの弁舌を遮った。
「理術局にきたときの最初の挨拶、覚えてるか?」
「あ? 俺の?」
「もちろん」
「なんか変なこと言ったっけ?」
レオニスは首をひねった。
「当たり障りのないことしか言わなかったと思うがなあ」
「『試験にはどうも間に合わなかったようで、何とか滑り込ませていただきました』」
「あ?」
「そう言ったんだよ」
「あー、言ったかもな?」
それが何だ?――と彼は反対側に首をかしげた。
「どういう意図か考えた」
「どういうって」
「普通に考えれば、謙遜。自分の前評判がよくないことは判っていたから、噂で突出していただろう部分を抑えようとした。つまり、派手で図々しく自己中心的な男だという予測を裏切るため、謙虚なふりをした」
どう説明したものか考えながらジェズルは言葉を紡いだ。
「んー、なんか、トゲがないか?」
「すまない、何も悪賢く計算したと言いたい訳じゃない」
「まあ、それならいいか」
酔い醒ましに頼んだ果物をつまみながらレオニスはうなずいた。
「んじゃ、言いたいのは何」
「実際、君は危なげなく試験に通った訳だ。勉強内容も点数も、間に合わなかったなんてことはない」
「何でそんなこと判るんだよ。お前は試験官か? それともあれか、理報官の成績は理術士に共有されんのか?」
青い目が少し細められた。同僚に近いと考えている相手が自分の評価を知っていたら、居心地がよくないだろう。
「されるもんか」
まずジェズルは否定した。事実だ。
「俺を誰だと思ってるんだ? この十日間、調律院を全く知らなかった君と一緒に仕事をしてきた人間だぞ。君が覚えなきゃならなかったのは実際の業務の動き方ばかりで、理屈や仕組みはみんな把握してたじゃないか」
だいたい、とジェズルは続ける。
「『何で判るんだ』『共有されてるのか』の発言は、優秀な成績で通ったことを認めたも同然だな」
「ニヤニヤすんな」
レオニスはもうひとつ果物を口に放り込む。
「んで?」
「ああ、肝心なことを言ってなかったな。つまり、俺が考えたのはこうだ。君がそう言ったのは、悪く言えば周りを気遣った、よく言えば敵を作らないようにしたんだろうか、と」
「……いいと悪いが逆じゃないか?」
「いや、合ってるよ」
ジェズルも果物に手を着けた。
「気遣うというのは、理報官になるために打ち込んできた訳じゃない君がさらっと試験に合格したなんて聞いたら、ほかの理報官が傷つくんじゃないかと考えた、ということ。これは優しいようで傲慢だ。彼らの誇りを守るために自分は愚かなふりをしよう、なんて」
ジェズルが説明すれば、レオニスは黙った。
「一方で、敵を作らないというのはそのままだ。同じように、大して勉強もせずに受かりやがって、と思われることを……いや、もちろん君がしっかり学んできたことは判っているが、知らなければそう見えかねないという意味で」
「通じてる、大丈夫だ」
「すまない。とにかく、そう思われることを避けて、まるで得点を都合してもらったかのように言った。自分の評価を下げて、妬まれないようにした」
説明を続けるジェズルに、レオニスはまた口をつぐんだ。
「何つーか、言語化されると、俺ぁずいぶん嫌な奴に見えるな?」
「すまない」
「お前が悪いんじゃないよ、確かに俺は姑息だったさ」
はあ、とレオニスはため息をついた。ジェズルはどう言おうか考えながら口を開く。
「場所や状況によっては巧い手だろうと思う。ただ、君がやってきたのは調律院だということを知っておくといい」
「知ってるよ。……つまり?」
「つまり、『おまけして合格させてもらった』なんて不正は起きないとみんな知っている。ただ、軽口だろうと理解して受け流した。君は目論見通り敵こそ作らなかったが、『危うい言動をしかねない新人』という印象は、むしろ強まっていた」
そう締めると、レオニスは頭を抱えた。
「巧くやったつもりだったがなあ」
「噂について聞いてきた者が何人かいたと言っていただろう」
「あ? まあな、それなりに」
「突拍子もない噂が出回っていると聞かされた?」
「さすがに国際問題ほどじゃなかったが、だいぶかけ離れた……ってまさか」
「そう。彼らはおそらく、君がどんなふうに話すのかを知りたがったんだ。そして、面白さを優先して出鱈目を吹聴する危険人物ではなく、かといって過剰に自分を守ることもなく、ただ事実を筋道立てて話すことのできる冷静な人物だと判って、安心した」
「……噂の真偽を知りたかった訳ではなく」
「君を知りたかった。聞いてきたのはただの汎理術士じゃなく、何かしら職位のある人物じゃなかったか?」
「……当たってる。やべーな、調律院」
レオニスは頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。いつも丁寧にくしけずっていることから考えると、判断力が落ちていそうだ。
(「考えなし」なのか、「そつがない」のか)
あのとき考えたことをジェズルは思い出した。
「点数を都合してもらいました」だなんて発言は、謙遜や冗談にしても考えが足りない。一方で、無駄な反感を買うことは避け、新しい場所で巧くやっていこうとする様子は、敏くも見えた。
(何てことはない。彼は「両方」だ)
複雑かつ単純な答えに行き着いて、理術士はそっと笑った。
「そろそろ切り上げよう。明日に響くといけない。ちゃんと水を飲めよ」
「あー、確かにちょっと飲み過ぎたかもな。ま、帰れないほどじゃないが」
言いながらレオニスは立ち上がった。ジェズルはもし彼がふらついたら支えようと腰を浮かせたが、それに気づいて笑ったくらいだから本当に大丈夫そうだった。
「最後にひとつ、聞かせろよ」
「うん?」
「他人がどう思うかじゃない、お前は俺をどう思うの」
明瞭なようで曖昧な問い。ジェズルは少し考えた。
「危うさと賢さで均衡を取っている奇妙な人物。業務はしっかりこなすが、場の空気も大事にする。他人のことを気にするが、案外自分のことは見えていない」
「誰が分析をしろと言ったよ」
「お望みはこっちじゃなかったか。それじゃ」
ジェズルは、眼鏡の奥の瞳を少し悪戯っぽく光らせた。
「興味が長続きしそうな人物、ならどうだ?」
「それを引っ張るなって」
当分言われそうだ、とレオニスは天を仰いだ。
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