一枚物語
柏望
第1集 星が登る前に
つま先が二つ差し出されている。そのつま先は数時間前まで白鳥であり、姫君であり、花嫁のつま先だった。何人ものダンサーを従え、幾筋もの光を浴び、億千に届くほどの拍手を一身に受ける彼女を支えたつま先。トウシューズの下に隠された姿を知るものは数えるほどもいない。
土踏まずと踵を優しく持って、片足ずつゆっくりと眺める。四角く潰れた親指の爪は伸びてきたから整えよう。右の小指の爪は剥がれてくれたらしい。感触が気持ち悪いから剥がしてと頼まれていたけれど、自然に剥がれる方が身体にいい。爪の生え際や潰れてしまったマメの消毒をしたあと軟膏を塗って、丁寧にガーゼを貼る。
足の側面や底にできているタコを軽石で少し削ったらマッサージだ。一桁の歳からトウシューズを履いていた彼女のつま先は、トウシューズの形に沿うような形に歪んでいる。たぶん、ぼく達が初めて会ったときからそうだろう。つま先を優しく広げてゆっくりとほぐす。痛がっている様子はない。マッサージの効果なのか。反応も消えるほど日常化してしまったのか。どちらなのかはわからないけれど。
爪の手入れも終わって顔を上げると、彼女は眠っていた。温かいソックスを履かせて、ブランケットをかけて、しばらく休んでもらう。公演中の彼女は普段よりいっそう過敏で繊細だ。眠れているなら寝てほしい。彼女は明日も舞台で輝く星なのだから。
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