第一章 葉月と森の熊さん
第1話「一目で魅力的だと分かる殿方は、概ね売約済みである」by 静葉
「さあさお若い娘さん、実りの森へ行きましょう。らんらん、らららら、らららら~♪」
なんとも気の抜ける、いささか調子っぱずれの歌声が、明け方の森に響きわたる。
即興メロディー、適当歌詞。それでも楽し気に歌いながら、ポンチョ姿の少女・葉月は森の小道を闊歩していた。
ふわふわの裾を揺らしながら、真白な素足で舞うように歩むその姿は、あたかも森の妖精の如く……というより、薄茶色の毛皮の下が、「すっぽんぽん」である事実を考えると、ただの危ない人である。
「まだ見ぬ彼方を想い、お弁当を持って~♪」
なお脳内伴奏は、とある讃美歌に極めて酷似してたりするが、それはさておき。
森の賢い獣たちは、とても警戒心が強く臆病。
餌の少ない冬場ならともかく、実りの多い秋の森ならなおの事、めんどくさそうな大型生物にかまっているヒマなどない。
こんな風に自分の存在を誇示しながらの道中は、理にかなっていると言える。
もちろん、何事にも例外は存在する。
街道が近くなってきたのだろう、徐々にまばらになってくる樹々の隙間に、ゆっくり蠢く大きな影。
一見無警戒に見えるが、しっかりと警戒していたタヌキ娘は、いつでも逃げ出せるよう身構えつつ、相手の動きをしっかりと目で追う。
木立の合間を縫うように進み、明らかにこちらに近づいてきたそれは、まるで行く手をふさぐかように小道へと姿を現した。
見上げんばかりの黒い巨躯。二つの瞳が小さな葉月を見下ろす。一定の距離を開けて、互いにぴたりと立ち止まると、
「あら、熊さん」と葉月は呑気な反応を返す。
それに対して熊さんは、牙の生えた大きな口を開けると、
「お嬢ちゃん、迷子かい?」
低く通るバリトンで発したのは流暢な王国語であった。
実は獣人同士は、互いの獣化を見抜くことができる。
ただの獣と獣人は「目を見れば見分けが付く」と、昔に母に教わっていたことで、葉月はまったく慌てなかったのだ。昨夜の母の突然のカミングアウトに取り乱さなかったのも、それが理由である。
ましてやこの熊さん、その母と古い知り合いのようで、時折屋敷を訪れては、森で獲った獲物をおすそ分けしてくれるのだ。
幼い葉月にとっても、「おいしいお肉をくれる熊さん」としてしっかりメモリーされている。
お屋敷でもドレスでも、幻術でなんでも作り出せる母でも、さすがに食べ物は本物でなければならない。タヌキと言えど、霞を食って生きているわけではないのだ。
それはさておき。
「これから、街に向かうところですわ」
そう答えると、熊さんは葉月の事情を知っていたらしく「ああ、婿探しの旅か。もうそんな時期なのか」と感慨深く頷いた。
元々見知った相手ということもあり、紳士的な熊さんの態度に好感を抱いた葉月は、早速のお婿さん候補の登場と、はやる気持ちを抑えつつ、母譲りの小粋なトークを開始する。
「それにしても、とてもきれいな毛並みですわ」
そう褒めると、熊さんは照れながら応える。
「毎朝『妻』がブラッシングしてくれてな。大変だろうに、無理しなくてもいいと言うのだが、身だしなみは大事だと聞かなくてな」と思い切りのろけられる。
圧倒的瞬殺であった。
(お母様は言いました、「一目で魅力的だと分かる殿方は、概ね売約済みである」と)
早速の候補者脱落という結果に落胆するも、それをおくびにも出さずに「素敵な奥様ですわね」と葉月は続け、和やかな談笑が続く。
そしてそんな光景を遠目に見かけた「人族」はどんな反応をするのか。
「そこの君! 早くこっちに来るんだ!」
細剣を構え威嚇する、軽装の冒険者の姿がそこにあった。
軍服をベースに女性らしい装飾を施した軽鎧をまとい、長い金髪を襟元でまとめ、強い意志を秘めた青い瞳の美貌。男なら誰もが魅了されるであろうし、その凛々しい姿には、一定の趣味をもつ淑女の皆様も虜するに違いない。
「さあ来い、わたしが相手だ!」
オペラで言えば低めの女声、アルト相当の落ち着いた声音で挑発するや否や、銀の切っ先を翻して一足飛びに駆け寄る。
あわや絶体絶命のピンチの「熊さん」!
しかし熊さん、慌てず騒がず。腰のベルトから短剣を抜いて一閃、細剣の切っ先を見事に逸らして見せる。
「なっ!?」
それに驚く剣士に、熊さんは獰猛(に見える)笑みを浮かべて曰く。
「ほほう、なかなかいい剣筋じゃないか」と感心。
それに対して、「え? 王国語!?」と驚く剣士は、あっけにとられて熊さんをまじまじと見つめる。
見かねた葉月が事情を説明し、剣士は恥じ入りながら慌てて謝罪することでこの場は収まることとなった。
「俺も昔は冒険者をやっていてな。まだまだ若いもんには遅れはとらんよ」と呵々大笑。
そして、互いに軽く自己紹介をする。この時葉月は、初めて熊さんの本名(ガルド)を知ったのだが、そんなことは匂わせもしない。
「先ほどは失礼した。わたしは、王国冒険者ギルドに所属する『中級』冒険者で、エストと申します」
背筋を伸ばして応えるその姿、見た目も相まって育ちの良さを感じさせ、なんとも様になる。
かと思えば熊さんへの対抗心か、自分の名前以上に「中級」という部分を強めに主張する、可愛らしい大人げなさが、葉月の琴線に触れる。
(あらあら、負けず嫌いでいらっしゃるのね)
そんな生暖かい視線で観察されているとはつゆ知らず、エストと名乗った中級冒険者は、真剣な面持ちで二人に尋ねる。
「この辺りに、凄腕の術士が居ると聞いて訪ねてきたのだが、なにかご存じないだろうか?」
「術士、ですか?」
詳しく語ったところによれば、「病気になった知人」を治す手がかりを探しているらしい。
口元に手を当てつつ、小首をかしげる葉月の脳内に、ぱっと母の姿が思い浮かぶが。
(お母様は幻術使いですから病気は専門外でしょうし。アヴェナ村には治癒術士と呼べる方などおりませんでしたわね)
今まで散々に「化かされて」育って来た葉月にとっては、それは普通のことであるため、母の幻術が凄腕を通り越して伝説レベルであるだなんて全く気づいてない。それに、村の復興という大偉業を成したことは尊敬しているが、それは術士としてではなく、やり手の実業家としてである。
また、葉月が風邪をひいて寝込んでいた時にお世話になったのは、苦いお薬をくれる薬師のおばあ様だったので、こちらもナチュラルに除外される。
(どちらにせよ、わたしに至っては、まだまだ駆け出しの身ですけれど!)
などと考えるところに、エストに劣らずの負けず嫌いの片鱗が見え隠れしているのはご愛敬。
そんな葉月の様子を察したのか、熊さんはエストに対してこう告げる。
「その『凄腕の治癒術士』とやらなら、この辺りには居ないだろうな」と、事情を知る者からすれば、嘘ではないものの、極めて曖昧な物言いだ。
そんな熊さんの話術には気づいてないであろうエストは、落胆気味に「そうか」と短く言って、しかしすぐに気持ちを切り替えたらしい、情報提供への礼を述べると「もう少し、調べてみます」と前向きに応えるのであった。
また葉月が街を訪ねる予定だと言っていたことを思い出したのだろう、「君に同行出来ないのは心苦しいが」と前置きをして、街についたら冒険者ギルドを訪ねるようにとアドバイスする。困った時には力になろうと、頼もしい笑顔を見せる。
そんな殊勝な態度に、葉月ポイントをアップさせながら、内心残念そうにため息。
(ああ、これが「殿方」であれば実に理想のお婿さん候補なのですが)
そんな風に値踏みされているとは知らない美貌の剣士は、大きく手を振りながらアヴェナ村へと繋がる一本道を進んでいったのだ。
そして熊さんとの別れ際にも、「ギルドに行くなら、冒険者として登録するといいぞ」と言われたこともあり、葉月はそれを当面の目標として定めるのであった。
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