第5話 あの女優似の女
飛山城跡に静寂が戻り、男たちがパトカーに押し込まれていくのを眺めていた時だった。
復元された掘立柱建物の影から、一人の女が音もなく現れた。
「お見事ね、変美さん」
その声に振り返ったマサが、思わずレモン牛乳のパックを落としそうになる。
「えっ……矢田亜希子!?」
そこに立っていたのは、全盛期の矢田亜希子を彷彿とさせる、清潔感溢れる美貌の女性だった。端正な顔立ちに、知的な眼差し。だが、彼女が纏う空気は、夜の鬼怒川よりも冷ややかだった。
「驚いたわ。無臭のコンテナに隠した『土の裏切り』まで嗅ぎ分けるなんて」
変美は、彼女との距離を詰めようとはせず、ただ静かに鼻を動かした。
「……驚いたのはこちらの方だ。君からは、この城跡の土の匂いも、川の匂いも、人間らしい生活の匂いすらもしない」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
女は微かに微笑む。その仕草までもが、かつてのトレンディドラマの一場面のように洗練されている。
「彼女は……情報屋サキの上を行く、組織の『掃除屋』ですよ、所長!」
マサが警戒して叫ぶ。
「掃除屋、か。道理で**『アルコール綿と、漂白されたリネン』**の匂いしかしないわけだ。君は現場の証拠を消すために、自分自身の存在すら無機質なものに書き換えているんだね」
矢田亜希子似の女は、懐から小さな銀色のデバイスを取り出した。
「今回の件、あの男たちは切り捨てる。でも、この地下から掘り出した『データ』だけは渡せないの。これは宇都宮の、いえ、この国の再開発に関わる重大な機密なのよ」
「待て!」
変美が駆け出そうとした瞬間、女は足元の枯れ葉の中に、小さな煙幕弾を投げつけた。
真っ白な煙が辺りを包む。マサが激しく咳き込む中、変美は煙の中に飛び込み、必死に空気を追った。
「……逃がさない。君の『無臭』という名の不自然な匂いは、この夜の闇の中で一番目立つ!」
煙が晴れた時、そこには誰もいなかった。だが、変美は地面の一点を見つめていた。そこには、女が落としていったと思われる、一輪の白い蘭のブローチが落ちていた。
「所長、逃げられましたね……。あんなに綺麗な人が、あんな恐ろしい組織の人間だったなんて」
変美はブローチを拾い上げ、その表面に残った、極限まで薄められた**「高級な石鹸」**の香りを深く吸い込んだ。
「いいや、マサ。彼女はわざとこれを残していった。これは挑戦状じゃない。……次の『現場』への案内状だ」
変美の視線は、オリオン通りのさらに先、宇都宮の地下深くへと続く大谷石の採掘場跡の方角へと向けられていた。
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