第9話 過去を少し、思い出す

『ゆうくん、お母さんたちあっちでお話してるから、なっちゃんと遊んでおいてね?』

 子供の頃の苦い記憶の一場面。親は子供の俺達を放って世間話に花を咲かせている。

(遊んでおいてって言われても⋯⋯)

 なっちゃんと呼ばれる女の子、前田夏希は俯いてこちらと顔を合わせようとしない。

『⋯⋯⋯⋯』

 会話すら始まらない。お互いに子供の頃は大人しく、夏希という子からすれば自分の家に異物が来たという印象だろうし。そんな状態で会話など発生する筈もない。


「お待たせゆうくん!じゃあ帰ろうか」

 そう言って夏希のおばさんと話し終えて満足気な雰囲気で帰ろうとする母。

「なっちゃんとは仲良くできた?」

 帰りぎわに母は問うが、俺はここで声を上げる事はなかった。

 というか彼女の家では一言も喋らなかったという、あまりにも終わっている初対面だった。




「……今更変な事思い出させるなよ……」


 不快感のある日曜の朝、学校もなく浮かれるタイミングだというのに、過去の夢のせいで気分が悪い。


 初対面の印象は最悪であろう俺と夏希は、何度も親の都合でお互いの家に連れていかれた。親からすれば小さい子供を家に一人で置いておけないことと、同い年の子と仲良くしてもらう機会を作ってあげたかったのだろう。だがしかし、何度行ってもほとんど話はしなかった。


『なっちゃんの所と一緒に旅行に行こうと思うの!』

 なんて言い出した時は、俺の親は周りが見えない馬鹿なんだと思ったものだ。


 だけど、

『なっちゃん!今日は楽しもうね!ここには嫌な事なんて何もないんだから!』

 そう言って幼い夏希に笑いかける母、今なら分かる。聞いた事はないけれど、きっとあの頃にはあいつの父親は……



「ゆうくーん!お母さんそろそろ仕事行ってくるから」

 下の階から聞こえる母の声で、現実に引き戻される。時刻を見れば午後1時。……朝に起きたと思ってたのに、随分と怠惰な生活を送っている。


 一階に降り玄関を見ると、午後勤務の母が仕事の準備をしている所だった。

「あ、起きた?あんまり寝てるのも良くないわよ?」

「夜遅かったの、夜更かしは子供の特権だろ?」

 「それもそうかもね」なんて言って笑う母は、俺から見てもパワフルな女性だ。その力で三交代制なんて疲れる仕事をしているんだけど。


「今日は夕飯どうする?俺作っといた方が良い?」

 そんな母の忙しさを気にして、部活には入らないようにしていたら「部活はやっときなさい」ってやんわりと諭された。あれは叱られるよりも効いた。まあ学校で飯作る変な部に入るとは思って無かったみたいだが。


「そうねぇ……ゆうくんが暇なら作って貰おうかしら!じゃあハンバーグで」

「へーいハンバーグね、作らせていただきますよ」

 母は普段は会社の社内食で済ませているが、夕方に帰って来る時には夕飯を作ってくれるし、今日みたいに俺の休みと被る時には俺が料理を作る事もある。


「無理はしなくて良いからねー、あと作るならちゃんとサラダも作りなさい?」

「ちゃんと最近は野菜も取ってるよ」

 そう答えた時に、家庭科室で2人での食事を思い出す。この間は自分1人の時では絶対にしないサラダを用意した。人様に食事を提供する以上は仕方がないという判断だったが。


「ふーん、それは良い事ね、貴方だけの話じゃないんだし、ちゃんとバランス考えないとね」

 母の言葉に一瞬思考が止まる。俺だけの話じゃない?バレてる?何故?夏希が言った?悪い事はしていないぞ?いやいや怒られてはいないなそういえば

「母さん、何を……」


「ゆうくんが倒れたら、私も悲しいのよ?自分だけの体だと思わないでね?」

 ……そっちの意味かよ。紛らわしいんだよ全く。


「?、どうかしたのゆうくん、頭痛いのかしら?」

「別に、というかそろそろゆうくんって呼ぶの辞めない?」

 頭を抱える俺を心配しながら、「行ってきます」と仕事に向かう母を見送った。


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