第4章 染色の錬金術

生産体制は軌道に乗り始めた。 分業制(ライン生産)の導入は劇的だった。 羊毛を洗う係、解きほぐす係、糸を紡ぐ係、そして織る係。 工程ごとの移動距離を最小限にするレイアウト変更を行い、作業効率は十倍に跳ね上がった。 孤児たちは、自分たちが作った服を着て、初めて「冬が怖くない」ことを知った。笑顔が増え、頬に赤みが差した。


しかし、新たな問題が発生していた。 「色」だ。


「色が……落ちてしまうの」


ソフィアが定期視察に来た際、沈痛な面持ちで告げた。 彼女が持ち込んだのは、先日納品した赤いショールだ。 鮮やかな赤色だったはずが、まだら模様に色あせ、くすんだピンク色になっていた。


「洗濯したら、水が真っ赤になって……他の服にまで色が移ってしまったわ」


堅ろう度(Color Fastness)の問題だ。 この世界の染色は、草木の汁にただ布を漬け込むだけの原始的なものだった。 染料が繊維の表面に乗っているだけで、化学的に結合していない。だから洗えば落ちるし、日光に当たれば分解する。


「クレーム対応ですね。承知しました。直ちに原因究明と対策を行います」


私はショールを受け取り、繊維の表面を観察した。 天然染料自体が悪いわけではない。 足りないのは「触媒」だ。


私は裏山へ向かった。 探しているのは、特定の鉱石を含んだ泥や、特定の植物の灰だ。 前世の知識が、化学式を連想させる。 茜(アカネ)の色素であるアリザリンを繊維に定着させるには、アルミニウムや鉄などの金属イオンが必要だ。これを「媒染(ばいせん)」という。


「あった……」


沢の近くで、赤茶けた土を見つけた。 鉄分を多く含んだ泥だ。 そして、かまどの灰からアルカリ性の灰汁(あく)を作る。


工房に戻った私は、ビーカー代わりの壺を並べ、実験(ラボテスト)を開始した。


「アルカス、泥遊びかい?」


院長が呆れているが、私は無視して温度管理に集中した。 染液の温度を60度に保ち、布を投入。 十分染み込ませた後、鉄分を含んだ泥水(媒染液)に浸す。


化学反応が起きる。 繊維の中で色素と金属イオンが結合し、水に溶けない不溶性の錯体(さくたい)を形成する。 鮮やかな赤色が、深みのある、落ち着いた真紅へと変化した。


水洗いを行い、乾燥させる。 白い布で強く擦っても、色は移らない。 摩擦堅ろう度、合格。


「どうぞ、ソフィア様。これが『改・真紅のショール』です」


数日後、私は完成品をソフィアに渡した。 彼女は恐る恐るショールを受け取り、水桶に浸した。 水は透明なままだった。


「嘘……色が逃げないわ! それに、前よりも色が深くて、魔力の通りも良くなっている!」


「鉄媒染を行いましたからね。金属イオンが魔力の伝導を助けているのかもしれません」


「テツバイセン……? また古代語?」


ソフィアは目を輝かせた。 彼女の背後には、この世界で最も影響力を持つ「王宮服飾ギルド」の影が見え隠れしていたが、まだ私はそれを知らなかった。


「この技術、独占契約を結びたいわ。いくら欲しい?」


「お金はいりません」


「え?」


「代わりに、この技術を公開します」


「正気!? 莫大な利益を生む秘術よ!」


「技術は隠せば腐ります。それに、僕の目的は『世界中の服をマシにすること』です。一か所の工房で囲い込んでも、世界は変わりません」


私はニヤリと笑った。


「ただし、僕の工房には『アルカス規格(AIS)』というブランドを付けます。このタグが付いている製品こそが、最高品質の証。他所が技術を真似しても、僕たちの品質管理(QC)には追いつけませんよ」


技術は公開するが、ノウハウ(管理手法)で勝つ。 それが、日本の製造業が戦ってきた道だ。


ソフィアは呆れたようにため息をつき、そして楽しそうに笑った。


「あなたって、本当に強欲な無欲ね。……いいわ、あなたのその『革命』に乗ってあげる」


こうして、辺境の貧乏孤児院から始まった繊維革命は、やがて王国全土、そして世界を巻き込む巨大な産業の波となっていった。


だが私はまだ知らない。 この「魔力を逃がさない布」が、北の地で目覚めつつある「魔王軍」にとって、最大の脅威として認識され始めていることを。 そして、単なる工場長だった私が、やがて軍の兵站(ロジスティクス)を一手に担う「兵站の英雄」と呼ばれることになる未来を。

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