接触
教室に戻ると、石油ストーブ特有の甘ったるい灯油の匂いと、澱んだ熱気が鼻をついた。
窓ガラスは結露で真っ白に曇り、外の世界を完全に遮断している。クラスメイトたちは「寒い寒い」と言いながらストーブの周りに密集していたが、俺はそこへ加わる気になれず、自分の席――窓際の後ろから二番目――にドカッと座り込んだ。
指先の感覚はまだ戻らない。
次の授業の準備をしようと、かじかんだ手を机の下に伸ばした、その時だ。
「あ、ごめん」
通路を通ろうとした誰かの太腿が、俺の肘に軽くぶつかった。
避けようとして、机から滑り落ちた俺の手の甲が、相手の――恵美子の、剥き出しの二の腕に触れてしまった。
「ッ……」
俺は反射的に手を引っ込めそうになった。
静電気のような痛みが走ったからではない。
触れた瞬間、そこから流れ込んできた温度が、あまりにも鮮烈だったからだ。
「……お前、まだそんな熱いのかよ」
俺が呆気にとられて見上げると、恵美子はきょとんとして俺を見下ろしている。
彼女はジャージの上着を腰に巻き、まだ半袖の体操服のままだった。白磁のような二の腕は、さっきの水飲み場よりもさらに赤みを帯び、内側から発光しているようにさえ見える。
「んー? だって教室、暑いじゃん」
彼女は事もなげに言うと、あろうことか、俺の冷え切った手の甲に、自分の掌をペタリと押し当ててきた。
「ひゃっ、冷めたぁい」
「なっ、何すんだよ」
「涼んでんの。あんたの手、保冷剤みたいで気持ちいい」
悪びれもせず、彼女は指を絡めるようにして俺の手を握り込んでくる。
俺の手は氷のように冷たいはずなのに、彼女の掌に包まれた途端、そこから急速に「熱」が侵食してくるのがわかった。
それは「温かい」という心地よさを通り越して、火傷しそうなほどに暴力的で、生々しい生命の熱量だった。
ドクン、と彼女の脈打つリズムが、掌を通して直接伝わってくるような錯覚。
「……ほんと、カイロ代わりになりそう」
彼女は無邪気に目を細めて笑ったが、俺は何も言えなかった。
繋がれた手から流れ込んでくる熱が、芯まで冷え切っていたはずの俺の体を、内側からじりじりと焦がし始めていたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます