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◇◇◇
「うわー、すごい!屋上ってこんなに眺めがいいんだー」
雨宮君に連れられ、最上階部屋の裏手にある階段を登り扉を開けると、目の前には街一面が広がり、思わず歓喜の声が漏れた。
基本屋上は怖い人達の溜まり場なので、これまで一切来たことがなく、初めての場所に気分が一気に上昇してくる。
「この景色が独り占め出来るなんて、雨宮君達の権力って凄いね」
「それはよく分かんねーけど、まあ色々と便利ではあるな」
どうやら彼が言うには、ここは最上階部屋の延長らしく、あの部屋に立ち入る人しか使用してはいけないという暗黙のルールがあるらしい。
他にも色々と特権があるみたいで、この学校の人達がこぞって最上階部屋を狙う理由がここでようやく分かった気がした。
「じゃ、俺は適当にしてるから。あんたも好きなことやってて」
そう言うと、雨宮君は入り口脇にある小さな物置まで足を運び、そこから白いキャンパスと画材道具を取り出してきた。
「もしかして、雨宮君がたまにサボるのって絵を描くためだったの?」
「まあ。授業受けるより楽しいし」
転校して早々。既に何度かサボり始めている彼は相変わらず自由奔放だなと思っていたけど、まさか趣味に没頭していたとは。
それで授業に出ないのはいかがなものかと思うけど、そこまで自分の好きなことに真っ直ぐいられるのは何だか羨ましいと思う。
「ねえ、もし雨宮君が良ければ絵を描いてるところ見ててもいい?私は特にやることないし」
このままぼーっとしているのも良かったけど、せっかくの機会だし、私は期待を込めた目を向けると、雨宮君は嫌な顔をせず一つ返事で頷いてくれた。
「雨宮君の絵凄い綺麗!色使いも繊細だし、人は見掛けによらないんだね!」
「なあ。お前褒めているようで全力でディスってね?」
それから、A3くらいのキャンパスを見せてもらうと、そこには八割型色が塗られている街の風景が描かれていて、完成度の高さに率直な感想述べたら、何故か軽く睨まれてしまった。
でも、本当にあの雨宮君がこんな絵を描けるだなんて、正直今でも信じられない。
キャンパスには目の前に広がる街並みがそのまま描き写されているけど、色が実際とは全然違う。
暖色系の色が多めで、陽の光がもっと強調されていて、見ていると心がホッとするような優しい絵。
芸術はその人の心を表すっていうけど、きっと雨宮君は私が思っている以上に暖かい人なんだというのが、この絵を見てなんとなく分かった気がした。
「ねえ、雨宮君ってよく人から勘違いされたりしない?」
普段は棘があって、粗暴で、あまり喋らないから彼を怖がる人は沢山いる。
それが何だか勿体なく思って、余計なお世話だと分かってはいるけど、つい口を挟んでしまった。
「さあ。周りからどう見られてるとか別にどうでもいいし。俺は俺だから勘違いしてるなら勝手にすれば」
けど、雨宮君は全く気にすることはなく、マイペースに作業を続けていく姿は流石だなと思う。
始めの時もそうだけど、彼は猪突猛進型なだけで中身は大人な気がする。
大事な絵を壊されても殴ればそれでいいと潔く割り切れるし、やり方は強引だけど、こうして私に付き合ってくれるしで。
「雨宮君ってなんか頼れるお兄ちゃんみたいだね」
同い年だけど、私よりも何倍も広い心に率直な感想を述べた途端。
雨宮君の手の動きが止まり、突然振り向かれ、肩がびくりと小さく跳ね上がった。
「……え、えっと。私なんか変なこと言っちゃった?」
しかも、何やら真顔で凝視されてしまい、恐る恐る尋ねてみた直後。
不意に伸びてきた雨宮君の手がぽすりと頭の上に置かれ、ゆっくりと頭を撫でてきた。
「あの……雨宮君?」
何故頭を撫でられているのか分からず混乱していると、雨宮君はふと口元を緩ませる。
「それなら遠慮なく頼れよ。莉子が妹なのも悪くない」
そして、普段の姿からは想像もつかない程の優しい笑顔と甘い言葉に、まんまと心を撃ち抜かれてしまった。
ずるい、雨宮君!
それは反則技です!
そう訴えたかったけど、流石に恥ずかしいので、私は動揺する気持ちを悟られないように笑って誤魔化してみる。
それからは持ってきたお弁当を食べて、その後も雨宮君の絵を隣でずっと眺め続けていたら、食後のせいか徐々に睡魔に襲われ、気付いたら意識を失っていた。
◇◇◇
……なんだろう。
体がふわふわする。
ハンモックみたいに揺ら揺らしてて、まるで宙に浮いているような…………
…………もしかして。
私誰かに運ばれてる!?
「やめて!殺さないで下さい!」
「…………は?」
目を覚ました瞬間、一気に押し寄せて来た危機感に思わずそう叫ぶと、視界には呆気にとられた表情でこちらを見下ろす櫂理君の姿が映っていた。
「なんだ櫂理君か。てっきり変質者に拉致されているのかと思った……」
「なんでそういう思考になるんだ?」
ひとまず身内であることに安心すると、櫂理君は益々怪訝な目で私を見てくる。
「……というか、なんで櫂理君がいるの?」
確かついさっきまで雨宮君の隣にいたはずなのに。
何故かいつの間にか彼に運ばれていて、状況が理解出来ず頭の中が混乱し始める。
「莉子があいつの肩借りて寝てたから回収してきた」
「ええ!?そうなの!?」
すると、すこぶる不機嫌な顔で言われた櫂理君の衝撃的な一言に、思わず大きな声を出してしまった。
なんと。
意識を失ってから私はずっと雨宮君の肩で寝ていたなんて。
無意識とはいえ、恥ずかしい以上に雨宮君に申し訳なさ過ぎる!
「櫂理君、私雨宮君に謝ってくるから今すぐ下ろし……」
「ダメだ」
一刻も早く彼の元へ戻ろうと櫂理君に催促したところ。
食い気味に拒否されてしまい、何故?と私は首を傾げる。
しかも、いつの間にやら空き部屋みたいな場所に運ばれ、部屋にある棚の上に下ろされた途端、扉の鍵を閉められてしまった。
「櫂理君?どうしたの?」
何やら先程からずっと険しい表情に、私は恐る恐る彼の顔を覗き込むと、突然両手首を掴まれ、体を壁に押さえ付けられてしまった。
「好きな女が他の男と一緒に授業サボって、挙げ句の果てに肩借りて寝てるなんて、普通怒るだろ」
それから、不貞腐れた目で気持ちをストレートにぶつけられ、恥ずかしさのあまりつい視線を逸らしてしまう。
好意を向けられるのはいつものことなのに。
真っ直ぐに“好き”と言われてしまうと、再び昨日のことを思い出してしまい、櫂理君の顔を直視出来ない。
すると、不意に櫂理君の指が顎に触れた瞬間、無理矢理引き上げられ、視線を元に戻されてしまう。
「俺の顔そんなに見たくない?もしかして、あいつが好きなのか?」
そして、今度はこれまでにない程の弱々しい表情を見せられ、居た堪れなくなった私は無言で首を横に振った。
「違う。そうじゃなくて、まだ混乱しているというか……ひゃ!」
話が拗れる前に今の心境を正直に話そうとしたのに。
それを遮るように櫂理君は突然私の首筋に唇を滑らせてきて、思わず体がぞくりと震えた。
「それなら、余計なことを考えさせないくらい愛せば、もっと俺のこと見てくれる?」
そう耳元で囁く櫂理君の声は、体の芯からとろける程に甘く響き、私から思考を奪っていく。
このままだと、また彼のペースに巻き込まれそうで。
なんとか抵抗しようにも、両腕を掴まれているせいで何も出来ない。
もし、このまま彼を受け入れたら。
好きだと伝えたら、私は櫂理君にとことんなまでに壊されてしまうかもしれない。
姉弟の境界線を越えた向こう側の世界。
その先に触れたいような、触れたくないような。
これまで振り子のようにゆらゆら動いていた糸は、気付けばかなり脆くなって、彼の行動一つで今にも千切れてしまいそうになる。
そんな弱った心に追い打ちをかけるよう、櫂理君は私の額に自分の額をくっ付けてきて、妖しくも美しい目で捉えてくる。
「莉子、好きだ。絶対誰にも渡さない」
その上、まるで図ったようなタイミングで囁いてくる執着的な言葉が更に私を縛り付けて、もう何も考えられない。
すると、突然櫂理君のスマホの着信音が鳴り出し、はたと我に返った私は慌てて彼から顔を背けた。
けど、それを許さないと言わんばかりに、櫂理君の手が私の頬を掴み、強制的に視線を戻されてしまう。
「櫂理君、電話出ないの?」
「鳴らせとけばいいだろ」
一向に出ようとする気配がないので一応尋ねてみたら、やっぱり即座に跳ね除けられてしまい、綺麗な顔が再び接近してくる。
「ダメ!早く出てあげて!」
これ以上踏み込まれたら本当に取り込まれてしまいそうで。
そんな危機感に襲われた私は、咄嗟に空いている手で櫂理君の胸を押しのけ、強い口調で促した。
圧に押された櫂理君は軽く舌打ちすると、ようやく私から離れ、ポケットからスマホを取り出し、渋々電話に出る。
「なあ、わざとか?毎回お前はタイミング悪いんだよ」
怒りを露わにしているところを見た限りだと、どうやら電話の相手は圭君で間違いなさそう。
それから、暫く会話をしていると徐々に櫂理君の表情が険しくなってきて、通話を終了させた途端深い溜息を一つ吐いた。
「どうしたの?何かあった?」
何だか只事ではないような雰囲気に恐る恐る尋ねてみると、櫂理君の表情は直ぐにほぐれ、首を横に振る。
「いや、何でもない。悪いけど、ちょっと用が出来たから俺行くわ。続きはまた家でな」
そして、私の頭に優しく手を置いてから、最後に妖しく微笑んできた。
「え?続きって何……」
バタン。
いまいち彼の言っている意味が分からず問いただそうとしたら、逃げるようにさっさと部屋を出て行かれ、一人取り残された私は暫く呆然とその場で佇む。
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