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何も考えて居ないようで、常に何かを考えている。見据えるものは今ではなく、常に未来。だからこそ、容赦なく今を犠牲に出来る。その事を何よりも誇っているけれども、だからこそ其れに苦しめられる事もある。あぁ苦しいな。
値段だけが可愛くない買い溜めたリップバームを指で溶かし、唇に塗りながら思うのは、何でこんなに地味でパッとしない顔に産まれたかなぁである。
別に常日頃この悩みに当たることはない。自分に合う化粧を研究すれば何か変わるとも思う。ただ問題はそうではない。私の精神に元から宿る衝動性が原因である。
時折、本当に時折、我が身さえ滅ぼす様な行いがしたくなる。世間一般的な倫理観を侵害する様な真似がしたくなる。自分の部屋一面を、破産する程の大金をつぎ込み、可愛いとので満たすとかはまだ俄然可愛いもので、数多の男と関係を結とか、ホストクラブで大金を注ぎ込むとか、自分さえ消し去る程の何かが欲しくなる。そうして霧のように消えてしまいたい。
無論、その度胸や覚悟が無い、女帝が其れを許さないからしないだけである。
「瑠衣はさ、浮気とか不倫とかしたいと思った事ない?」
「ない」
「あらー生真面目……」
「消去法」
「あーそうでしたね。そうでしたわ。ゴミ」
そういやそうだった。全人類と出会った事はないが、今までいる中で一番マシな人間が私で、それ以外は自分に釣り合いが取れないから私を選んだんだった。
「私は何度か。たまにおかしくなるの。浮気とか不倫とかがしたいんじゃなくて、なんか……不可逆性のあるものをして、自分までも滅茶苦茶にして、そうして……」
一番若い時にその喧騒と共に消えてしまいたいのだ。その一番手っ取り早そうで、殺してくれそうなものが、私の中で不倫とか浮気ってだけ。この世て最も大切なものを差し出して、其れを滅茶苦茶にして、何もかも塵に返したい。
「何……言ってんだろうね。諭羅が聞いたら、平手打ちじゃ済まないかも。女であってもボコボコに殴られて、其れで……」
あぁ……本望かも。
長い長い吐息が聞こえてきた。隣を見ると瑠衣がこめかみを押さえ、此方を睨めつけていた。しかし黙って立ち上がり、私の横に腰を下ろす。リップバームを奪い取り、指先で溶かし始めた。其から私の顎を固定すると、そのまま指で塗り始めた。
「不倫したがるって事は、俺とは似ても似つかぬ奴だろ。そうしたら、こうやって愛想振りまくんだろうよ。ただ」
また溜息をつかれた。『仕方ないな』にも『これで良いだろ』にも聞こえる。
「今のお前にそんな度胸はない。ズレた俺で我慢しろ」
「……うん」
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