☃☃☃への応援コメント
大切な記憶をこうして書き記してくださり、ありがとうございます。企画への参加はただのきっかけで、偶然だったかもしれませんが、それを合図にして書いておこうと思っていただけたことが、なんといいますか、嬉しく思います。
わたしの筆名由来も、まだ書き足りていないもう一つの要素がありまして。名前は残りますが、その名前をつけたときの自分以外の誰かとの関係性は変わっていくし別離もある。
筆名を捨てて、まっさらな状態から始めようと何年も考え抜いた末に、過去もすべて抱えたまま、前へ進もうと決めました。
決めました、とか、そんな大それたことではないんですが。
闘病中入院先でずっと泣いていた私に、病院のカウンセラーが「わたしたちだって今日車に撥ねられて死ぬかもしれないんだから」とよくいいましたが、(とても親身になってくださる良い方でしたが)正直なところ、その言葉はあまり励ましにはなりませんでした。
死ぬと知らずに死ぬことと、死を恐れつつその日を迎えるのとでは、やはり違うと思っていたのだと思います。
思い返せばつらくなる記憶には蓋をしたいですが、腐ったぬか床の状態をたしかめたくなるように、時々蓋をあけてしまいます。
まとまりがないままに書いてしまいました。
ありがとうございました!
作者からの返信
コメントいただけてうれしいです。そのように考えてくださって、たいへんうれしく思っています。
励ましにならなかったこと、私も似たようなことがありました。正直、腹が立ちましたね(笑)。でも、最初に好きになった人であり、物書きの先輩でもあった人を突然亡くしたときから、「この人は何を残したんだろう。私は何を残せるんだろう」と思うようになりました。結局、他人に何か言われることより、それによって自分が気付かないと先に進めないと痛感した次第です。
事情を知っている知り合いから、傷跡のかさぶたを剥がすように文章書いているなと言われます。仕方ないじゃんと笑い合ってます。お互い30まで生きてないよねとか言ってたくせに(笑)。
こちらこそありがとうございます。ぜひ良いお年を!
紅白の始まりを見ながら、そう願っています。
☃☃☃への応援コメント
ネットの黎明期、いろんな人たちが濃ゆい関係性で生息してましたね。
ハンドルネームはあるけど、一方で本名も公開して当然だったり。
Peopleとかniftyでうろうろしてたのを思い出しました。