第2話・俺の推しのユーリきゅん


「ユーリ様、朝。起きて」


 抑揚の無い少女の声に目が覚める。ベッド脇で俺を見下ろしているのは、黒髪ショートカットの美少女だ。切れ長な二重瞼で鼻筋もスッと通っており、顔が小さい。種族は人間ヒューム。冒険者風のチュニックにパンツ姿である。ボーイッシュな格好で化粧もしてないのに美少女に見えるから、改めて整った顔立ちなんだな、と思う。


 名前はカトレア。俺……というか俺が間借りしている体の持ち主ユーリきゅんの従者だ。俺も「おはよう」と言いかけたが、寸でのところで挨拶を飲み込む。


「御気分は?」

「いや、別に……朝食は?」


 努めて冷然とした態度を意識する。というのも、元のユーリきゅんがカトレアたちに冷たかったからだ。


「アネモネが準備してる」


 アネモネもユーリきゅんの従者だ。

 俺はベッドから立ち上がり、室内を見渡す。仮宿の宿だが、ベッドの他に小さなテーブルと椅子がある。カトレアが持っていた着替えを受け取ってベッドに放り投げた。ジッとカトレアが俺を見ている。目があった瞬間、カトレアは無表情のままバッと両腕を広げた。カマキリとかがやる威嚇かな?


「え? なに?」

「……ちょっと前、公務の次の日の朝に抱きつかれた。今回も必要かと思った」


 ハグしてこい、というボディランゲージだったみたいだ。


「不要だ。前回はちょっといろいろおかしかっただけだ。記憶も混乱してたしな」

「……承知」


 言いながらカトレアは腕を降ろす。カトレアは小柄な美少女だが、佐藤を背後から突き刺したのも彼女だ。戦闘能力はかなり高い。


「おっはよ~ございま~す! 朝からカティちゃんに嫌がらせしたらぶっ殺しますよー!」


 朗らかな声で扉を開けてきたのがアネモネだ。金髪碧眼で種族は森精人エルフ森精人エルフの例にもれず北欧風美少女で、耳が尖っている。服装はカトレアと同じく冒険者風のチュニックだが、下はスカートだ。スレンダーなカトレアとは対照的に、体つきは女性的で、スカートから見える太ももは煽情的だった。


「私の太もも見てないで、朝ごはんをさっさと食べやがってください、ユーリ様」

「ああ、ありが――」


 礼を言いかけて「奴隷の体など見るか」と悪態を忘れない。アネモネは木のテーブルにスープとサンドイッチが乗ったトレイを置いた。


「あ、先ほどユーリ様宛に書簡が届けられました」


 アネモネが差し出してきた筒状の手紙を受け取る。封蝋を破れば、差出人はザブロック。上司の名前だ。今回の佐藤奏太討伐任務の報告をしろということらしい。


「本日のご予定は?」


 アネモネの問いかけに「上司に報告してくる。お前らは、好きにしろ」と努めて気だるげに答えた。


「護衛は?」


 カトレアの問いに「好きにしろ」と言いながら朝食を食べる。アネモネの作るスープとサンドイッチはいつ食べてもうまい。本当は「おいしいよ」と声をかけたいのだが、ユーリきゅんっぽくないので我慢する。ごめんね、感謝はしてるんだ。


 俺は食事を終えて、カトレアたちが退室したところで着替えも終えた。

 周囲に誰もいないことを確認してから、手鏡を手に取り、自分の顔を確認する。

 思わず、ほうっと吐息が漏れてしまった。


 ビジュがすぎる。


 真っ白できめ細やかな肌に切れ長な二重瞼。ヒゲとか余計な毛なんて一本も生えていない。瞳の色は緑。鼻筋は細くスッと高いし、唇も瑞々しい。顎のラインもシャープだ。金色の髪の毛を一房のみつあみに結って後ろに垂らしている。この髪型は森精人エルフの文化らしい。ぱっと見、美少女にしか見えない。でも、表情を変えれば美少年にもなる。


 生前太っちょブサメンだった俺からすると、このビジュの良さは本当にうれしい。

 いや、もう前世で推し活してたアイドルとかよりも美少女な美少年なんだ。そりゃもう性別越えて推せますよ、自分自身だけど!


 正直、この世界はクソなハードモードだと思うが、ユーリきゅんの顔を見るだけで、気分が晴れやかになる。任務にかこつけて女装だってしたくなりますよね。

 だって、自分自身が推しなんだもの。


「はあ~……」


 ため息が出てしまった。

 任務が終わった今、もう女装できないだなんて、そんなの悲しすぎるだろ……。

佐藤を討伐するには、彼に近づく必要があった。だが、奴の洗脳スキルは女性特攻だったのでカトレアやアネモネを頼るわけにもいかない。苦渋の決断という体裁で俺は女装し、佐藤に近づいた。


 結果、超楽しかった。


 だって男だけど理想の美少女がかわいい服着たり、あざといこと言ったりするんだよ。しかもそれでパーティーメンバー男女問わず、なんか俺を見て頬を赤らめたりするんだよ? すれ違う奴もみんなユーリきゅんのビジュの良さに見惚れるんだ。そりゃ楽しいよねっ!! 魔性振りまいてサークルクラッシャーしたくもなるよね!!

 だから佐藤君には悪いと思っているんだ。


 好きになった美少女が実は男だった、なんて性癖を歪めるようなことをしてしまった。

 元アラサーの大人な男性として悪いと思っている。本当に思っている。


 でも、俺だって君のせいで、推しを女装させるという新しい扉を開いてしまったんだ。君のせいだよ、佐藤君っ!! 君と同じ他責思考だよ、佐藤君っ!!


「はあ~……」


 でも、もう女装はできない。たしかに俺は推しの女装に目覚めてしまった変態かもしれないけど、ユーリきゅんが変態になるのは解釈が違う。ユーリきゅんはかわいさとかっこよさを兼ね備えた隙の無いパーフェクトな国宝的存在でないといけない。


 それに中性的美少年キャラって女性と間違えられることに対してコンプレックスがあって「俺は男だ!」と言い続けて男らしく行動しようとするチグハグ感がいいと思うんだよね。土台は少年漫画の主人公マインドであってほしいんだ。


 でも、まあ、それはそれとして、だ……。


「仕事したくね~……」


 なんで異世界転生してまで上司とかいる組織に所属しないといけないんだよ。

スローライフで理想のユーリきゅんムーブを極めるだけの生活をしてぇなぁ。

 ま、無理なのはわかってるけどさ……。


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