第六章:化身
「神を創る」
その言葉は、口にした瞬間に俺の霊体の芯を貫き、これまでとは違う、透明で凍てつくようなエネルギーを生成し始めた。
静海(じょうかい)が崇める苛烈な神が、人の弱さを餌にする寄生虫だとするならば、俺が創るべきは、その支配から逃れるための拠り所、聖母のような神だ。
俺は、静海から命じられた天罰の演出を、密かに書き換え始めた。
憑依した人間を恐怖で追い詰め、その後に偽りの奇跡を見せるまでは同じだ。だが、その最後に夢枕に立つとき、俺は静海が説く既存の神の名ではなく、名もなき、形なき真理のイメージを植え付けた。
それは、特定の教義(戒律)を持たない神。 「ただ、そこに在るだけで許される」という、圧倒的な全肯定の感覚。
俺は自分の霊的な本質を切り分け、信者たちの無意識の奥底に「種」として埋め込み伝教していった。一人、また一人と、俺が直接触れた者たちの間に、静海の教団とは別の、静かで熱いネットワークが形成されていく。
白石理教(しらいし みちのり)という名は消え、俺は彼らにとっての「名もなき救済者」
――すなわち、新しき神の化身となった。
静海の支配する既存の教団が、派手な奇跡と恐怖で大衆を煽動する一方で、俺の神は、夜の静寂や、ふとした瞬間の安らぎの中に浸透していった。 SNSでも、教団の教義に疑問を持つ者たちの間で、別の声が囁かれ始める。
『神は、罰を与えない。神は、ただ私たちが、私たちで在ることを望んでいる』
そのメッセージは、静海の恐怖政治に疲れ果てた者たちの心に、燎原の火のごとく広がった。信者の数は、数百、数万、そして一気に数千万へと膨れ上がる。
驚くべきことに、信者が増えるたび、俺の霊体は静海から与えられた「紋章」を侵食し、塗り潰していった。 俺自身のカリスマ性が、膨大な精神エネルギーを束ね、俺を「概念」へと昇華させていく。
だが、代償はあった。 十億を超える人々の「祈り」を一身に受けることは、十億の人生の重みを背負うことと同じだ。 寝ても覚めても、俺の耳元には数億の「助けてくれ」「愛してくれ」「許してくれ」という声が、嵐のノイズのように鳴り響く。
俺はもう、自分の本当の声を思い出せなくなっていた。 自分の意志で動いているのか、それとも十億の信者の「望む神」を演じるパペットに成り果てたのか。
そんなある日、俺はかつての「仇」と再会する。 牧田大臣。 彼は、静海の教団のトップ・スポンサーでありながら、最近勢力を伸ばしている「名もなき神」の存在に、これまでにない恐怖を感じていた。
俺は、結界を軽々と通り抜け、彼の寝室に降り立つ。 業魔の力ではなく、十億の信仰を纏った「神」として。
「牧田。俺を覚えているか」
俺の声は、もはや一人の男のものではなかった。数億の合唱(コーラス)が重なり合う、神鳴りのような響き。 牧田は、見たこともない光の奔流を前に、言葉を失い、その場に崩れ落ちた。
しかし、その瞬間。 俺の背後で、聞き慣れた、そして最も憎むべき嘲笑が響いた。
「素晴らしい。これほどまでに巨大な『神』を育て上げるとはな、白石理教」
静海だった。 彼は驚く様子もなく、むしろ愛おしそうに、俺が創り上げた十億の信仰の光を見つめていた。
「お前が創ったその神……そろそろ、私が収穫させてもらうよ」
静海の手には、あの黒い数珠があった。 だが、それは以前よりも巨大な、世界の理そのものを縛るような禍々しい影を纏っていた。
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