黒羽 −常世外伝譚− 常世の灰溜で

福山 蓮

第1話 神々の街で、吐く男

 山脈に囲まれた、美しい黄昏都の神殿街。

 列柱の並ぶ石の都では、今日も神々が笑い合い、それぞれの時間を気ままに過ごしていた。


 ――その一角。


 幾つにも分岐する石畳の階段の陰で、

 一人の男が蹲っている。


「……っ、げほ……おぇ……」


 無様にも、吐いていた。


 神々の街で。

 神々の足元で。


「ったく……やってられっかよ……」


 胃の奥を掴まれるような吐き気。

 割れるような頭痛。

 視界が揺れ、石畳が遠のく。


「……我ながら、軟弱すぎだろ……」


 華やかな装いの神々が、ぎょっとして足を止める。

 向けられるのは、好奇と嫌悪の入り混じった視線。


「……見せもんじゃ、ねぇぞ!!」


 吐き捨てると、

 神々は汚物でも避けるように視線を逸らし、

 男の横を通り過ぎていった。


 男は、ふらつきながら立ち上がる。


 頭が痛い。

 気持ちが悪い。

 世界が、ぐらぐらと傾いている。


 それでも――

 腕に抱えた戦利品だけは、

 何があっても離さない。


 鍛冶の宮で買い込んだヒート・ヘイズ――

 火の剣。

 釜神が作った、美しい神の陶器の数々。


 そして、とっておき。


 最高神を描いた――

 とされている、一枚の肖像画。


 誰の手によるものかは分からない。

 本物かどうかも、知らない。


 そもそも、

 本当に“最高神の顔”なのかさえ、

 確かめようがなかった。


 ただ、やけに高かった。


 高かった。

 だが問題ない。


 これを捌いて、十倍にする。

 それだけの対価が、今日の行いにはある。


 来たくもない神々の領域――黄昏都。

 クロウは月に一度、

 生にしがみつくためだけに、ここへ来る。


 自分は半人半神だ。


 神のように、髪が鮮やかに輝くこともない。

 笑えるほど黒い。

 その上、出来損ない。


 神力は、人がかろうじて気づくかどうか程度。

 寿命だって、人と同じか、それ以下かもしれない。


 低級神?


 ――羨ましい限りだ。


 腐っても神。

 そう名乗れるだけで、どれほど楽だろう。


 俺は、この黄昏都に半日もいられない。


 最高神が張り巡らせた神気。

 この街そのものが――

 俺の身体を、内側から壊してくる。


「……少しくらい、気遣ってくれてもいいだろ」


 誰に向けるでもなく、ぼやく。


「一応さ……神の血、混ざってんだぜ?」


 クロウは、よろめきながら歩き出した。

 目指すのは、常降地区へと続く階段。


 一段、下るごとに呼吸が楽になる。

 神気が薄れていく。


 大きく息を吸い込む。


 ――やっぱり、自分はこっち側だ。


 そう思った、その時。


 視界の隅に、何かがいた。


 長い石畳の階下。

 一人の女が、蹲っている。


 淡い桃色の髪。


 ――神か?


「……っ、げほ……」


 女もまた、吐いていた。


 ここから黄昏都は、まだ遠い。

 俺より神気の弱い半端者か。

 それとも、帰りか。


 クロウは関わりたくないと思い、

 そっと女を避けて通り過ぎようとした。


 その時――


 足を取られた。


「……ッ、痛ッ!」


 階段に戦利品が散らばる。

 陶器が一枚、無残に割れた。


「……なっ、何すんだよ!」


 女が、クロウの足を掴んでいた。


「……あ、ごめ」


 青い顔のまま、悪びれもせず言う。


「ねぇ。

 常降まで、連れてって」


 袖を、ぎゅっと掴まれる。


「……っ、き、気持ち悪……」


 吐き気が、ぶり返す。


「……ひぃ! 触んな!」


 女は察したのか、すぐに木々の方へ行き、吐き直した。


 クロウはその隙に戦利品を拾い集め、

 逃げるように駆け出そうとした。


 ――と。


「……ねぇ」


 背後から、やけに軽い声。


 振り返ると、

 女はもう、ケロッとした顔をしていた。


「あんた、転売屋でしょ?」


 にやり、と笑う。


「上等な顧客、紹介してあげる。

 お金儲けしよ」


 ――これが、リズとの出会いだった。


──────────────────


作者より


読んでいただき、ありがとうございます。

本作『黒羽 −常世外伝譚−』は、

『夜姫 −常世神話譚−』と同じ世界、同じ時間軸で進む物語です。


神話の中心ではなく、

選ばれなかった者たちが生きる場所――常降の灰溜。

夜姫たちが守る均衡の、その外側で起きている出来事を描いています。


本編未読でも楽しめますが、

どこかで物語が静かに交差する瞬間があれば、

同じ世界を歩いていると感じてもらえたら嬉しいです。

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