第一章「吸血王のゆくえ」#7
「簡単に言ってくれるけど、ヒロとカントクは負傷してる。まず走るのは無理だ」
真中が二人の怪我の具合を考慮していると、カントクが半身を引きずりながら歩み寄り、興奮気味に耳打ちした。
「あのうちのダサい体操服着こなしてるロリっ子誰だよ! めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか! 妖精か? 天使か? 俺ともあろう者が何で気がつかなかったかなぁー、チキショー。どこのクラスだ。スカウトする!」
「え、今っすか?」
「聞き捨てならないあだ名でわたしを呼んでくれたわね」
「……!?」
聴覚も人間より遥か優れているルビアには筒抜けだった。
「だ、れ、が、ロリっ子ですって? わたしから言わせればあんたたちの方がお子ちゃまなのよ!」
ルビアが腰に手を当て、前屈みに顔を近づけながら言い返す。
「いい? 一度しか言わないわよ。ルビア・アンヌマリー。十全十美のわたしの名前、今後一切、一字一句間違えることのないよう覚えときなさいよね!」
「今の高圧的な感じもイイ! 子供なのに背伸びしてるギャップがあってより映えるぞ! こりゃあ逸材を見つけてしまったかもしれんな」
「何よ、コイツ。話聞いてないわけ……」
「その空気読めてない感じなのがカントク。そこで尻餅ついてるのがライタ先輩だ」
真中が本人に変わって紹介する。
「おいおい、スカウトすんだから紹介するならしっかりとだな……」
「あんたがあのライタ?」
カントクに向けた戸惑いの視線とは対照的に、ライタを見るその目は同志を見つけたようにキラキラと輝いていた。
「見たわよあんたのコレクション! こんなにも趣味が合う人に出逢ったのは初めてかも! 魔法少女隊レイド・クライスはわたしの人生を変えた作品。そのメーカー直販限定DVDBOXの未開封品を持ってるなんて本当に好きじゃなきゃあり得ないわ! リルハの人気が出たのは本放送から一年半後一度目の再放送でだったから余計に」
「ああ、あれか。ちょうどきっかり10時の予約開始時間に望めるよう学校をズル休みしたんだ。即完は予想してたから。本当は二つ欲しかったんだけど、お小遣いが足りなくてね。中学の頃か。懐かしいな。いや、忘れもしない僕が二年生の時だから……ルビアさんはまだ小学生くらいだったろう。深夜放送だったし、あの歳でよく観てたね。リルハがやっと魔法少女隊になれた矢先、敵に首を引きちぎられて殺される3話なんてトラウマものだったのに。まぁ、その後天使としてずっと見守っていたことが分かって」
「主人公のピンチに受肉して、生前叶わなかった初の共闘を果たすのよね! あの11話は何度観ても……」
「ライタさん。ルビアちゃんも。時間、ないんでしょ」
まさに正論を吐くヒロだった。オタク談義をしている場合では到底ない。
「コホン。それもそうね」
咳払い一つ。うずうずする気持ちを抑えてルビアが話を進めた。
「真中、思いつく限りのルートをわたしに提示してちょうだい」
「小学校に続く道は2本。大通りと寂れた林道。で、ここから出るには正門と裏口がある。距離はほぼほぼ変わらない。正門は大通りに繋がってて、裏口は林道に繋がってる。道幅は人一人が通れるくらい」
「それよ! それだけ狭いなら、大挙して襲ってくることはまず不可能だし、相手をしても一体ずつ。時間はかかっても先頭と最後尾、わたしと真中で護りながら固まって行けば何とかなりそうじゃない」
「なら、裏口ルートで決まりか。問題はどうやってここから裏口まで行くかだ」
「作戦会議中悪いんだけど……」
ヒロが神妙な面持ちで口挟んだ。
「ちょっと急いだ方がいいかも……」
廊下の突き当たり。階段を上がってくる影が一つ。顔を覗かせた吸血体が五人を見つけると、それは鎖を解かれた猟犬のよう、脇目も振らずに走り出した。
「訂正。ちょっとじゃないかも……」
一体きりかと思いきや、ざっと三十を越える群集が後に続いて濁流のように押し寄せて来た。
「おいおいあの数どうするよ! とっとと逃げようぜ」
「待つんだカントク。何の策もなく逃げ回ってもどこかで追いつかれるか、途中で散り散りになるのがオチだ。ここは固まって動くのが最適解なんだよ」
ライタの言う通りだった。ここには幸い、吸血体を軽く打ち負かせる戦力が整っている。
互いの合図で真っ向から勝負に打って出た二人。
ルビアは血術を行使するべく、掌を切った。
「まとまって来るなら好都合……
ルビアの放った鮮血は直槍状の刃となり脚を貫通後、凝血。その一撃で列は乱れ始め、大きな隙が生じる。
折を見て真中が真正面から飛び込み拳を構えた。あとはそれを振るうのみ。
狙いを定め、加減なく突き出す。それを受けたのは誰でもない。回り込んだルビアだった。
庇うルビアの華奢な両腕がみしみしと潰れていき、真中が放った渾身の拳撃はそこで威力を失った。
「な、何で……」
両翼を広げ、背中で抑え込みながら侵攻を止めるルビアが、変形した腕の回復に努めつつ答えた。
「わけわかんないでしょうね。でもだめなの……」
「何が? 分かるように言ってくれ!」
「真中はまだその力をコントロールしきれてない。だからあんなの打ってたら確実に彼らが死んじゃう」
「だから何だ。放っておけば島中の人が襲われるんだぞ! それは俺たちか、その家族、友達かもしれない!」
「足を止めれば済む話でしょ。回復するって言っても彼ら正式な眷属じゃない吸血体は時間がかかるの」
「そんなこと訊いてるんじゃない! 止めを刺さない限り、その吸血体ってやつは死ぬまで向かって来るんだろ! 現に足をやられてもまだ這って来てるじゃないか!」
「ああなったのだって元は人間なのよ! わたしの血がああしたのよ!!」
必死なルビアの訴えに真中は困惑し、手も足も止まった。
「何だよ……それは」
「わたしは血分けさえすればいくらでも眷属を増やすことが出来る。その仕組みを利用して天動梗吾はわたしの血をどこからか手に入れて、同じものを人工的に造り出そうとした。その失敗作が世界中に散らばってしまった、人間を中途半端な吸血体に転化させる偽血なのよ」
「元は人間? ならさっき俺が殺したのも」
「……そうよ。実験台にされる前は人間だった」
ルビアは絞り出すようにしてその真実を語った。
「そういや島の連中が行方不明になるって事件。三年くらい前からあったよな」
先の話からカントクは島を騒がせた連続失踪事件を思い出す。
「捜索隊も派遣されたが、結局見つけられなかったってものだろう」
「それを真中のお父さんが? あんなに分け隔てなく昼夜も関係なしに看てた人がありえない。医療費が払えない人からはお金だって受け取らなかった人だよ! いつでもいいからって言って」
ヒロもいつしか感情的になっていた。
「でもそれがさっきこの目で見た真実よ。わたしと天動梗吾の罪。だからわたしは吸血体に転化してしまった人を元に戻す方法をずっと探してきたの」
「俺がさっき殺した吸血体も、元々は島の人かもしれなくて、顔見知りだったかもしれない……そういうことなのか」
「……ええ」
それ以上の返す言葉がルビアには見つからなかった。あれは仕方ないと言い聞かせることも出来たが、それで真中は納得するはずもないと、短い付き合いながらに分かっていた。
翼の奥では今もなお、食事にありつこうと吸血体の群れが蠢いている。
真中は決断を迫られた。そして。
「それでも、そいつらを倒さないと皆んなを護れない」
「真中!?」
ルビアをどかした真中が単身で吸血体を押しとどめる。
「このまま時間を稼ぐ。その間に三人を連れてルビアは裏口に向かってくれ。これはルビアにしか頼めないことだ。大丈夫。反撃はさせてもらうが、こいつら全員死なせたりはしない。約束する」
「そうじゃない! 真中一人が犠牲になって助かったところでこっちは嬉しくもなんともないわよ! そんな罪悪感を一生あの子たちに背負わせる気!」
「親父が言ってた。死と最も縁遠い力を手に入れたって。それが本当なら俺自身も含めて誰一人として犠牲は出ない。そうだろ?」
「何があんたをそうまでさせるのよ」
「俺は強くありたいだけだ。この島を無事に脱出できたら全部話す。だからここは行ってくれ」
「三人を送り届けたとして。わたしだけは真中を待つわ。何が起きても側にいるって誓ったから。それにわたしも同じ不死の身だもの。真中の理屈に乗っ取ったら問題ないはずよね」
「屁理屈にしか聞こえないけどな」
「理屈も屁理屈も親戚みたいなもんでしょ。いい? わたし、あんまり待たされるの好きじゃないから!」
「ああ。分かった。すぐに追いつく。行け!」
ルビアは両脇にヒロとカントクを抱え、片翼でライタを包み、事務室の割って入って来たガラス戸から滑空し、音を立てぬよう植え込みに着地した。
「殺さず、倒す。やってみるしかない。この有り余る力。ここで制御出来れば」
一端距離を取った真中は、迎え撃つ覚悟を決める。
身を潜める四人は真中を死地に置いてきたことで揉めていた。
「事情は全く見えてこねぇが、一つ言えることがある! あいつを見捨てるほど俺たちは薄情者じゃねぇ! 今すぐ連れ戻してやる!」
「だから逸るなって、カントク! ルビアさんと話してただろう。何か考えあってのことだってのは側から見ても分かるはずだ」
「お願い。真中の好きにさせてやってください」
「ヒロもか。ヒロも心配じゃねぇってのか!」
「ううん。でも、真中はきっと乗り越える。正しい力の使い方なら全部、昔に叩き込んでやってますから」
真中は無言で吸血体の群集に向かい、右手を上げ、平手を返し、手招きでもするかのように動かした。それは挑発行為以外の何ものでもなく。
それに乗っかるかのよう、吸血体は容赦なく大挙して襲いかかった。
チェーンパンチを全身に叩き込んでからのアッパー。中段蹴りを腹部に見舞い吹き飛ばす。
軽々と一体目を退けた真中は、続いてフェイントを効かせた回し蹴りで一蹴する。
それらを巧みに組み合わせ捌いていく真中も、最初から武道に長けていたわけではなかった。過去、ヒロに誘われアクションスクールに通い始めたのがきっかけ。
それでも真中はヒロから一本も取れたことはなかった。
「今なら、ヒロにも勝てる自信がある! でもこの心臓の力あっちゃズルだよな」
跳躍し壁を蹴り、群れの中心に着地。隙を作っては一撃を確実に入れていく。殺さずに倒す。まさにそれを体現していった。
「何となく掴めて来たような気がする……っ!?」
突如として襲う胸の痛み。
「『そんなの構わずさっさと殺してしまえばいいのに』」
激痛でうずくまる真中に何者かの声がした。どこか聞き馴染みのある声色。
「空耳じゃない……確かに今耳元ではっきりと……」
気を取られた瞬間、たちまち立場は逆転してしまう。真中の首筋から四肢に至るまで吸血体どもに噛みつかれていった。
「くっ……そっ……!!」
酸の唾液で皮膚は溶かされ、筋肉が露出したところを思い切り抉り取られる。
痛みに対して疎くなっているとは言え、想像を絶する苦痛に顔を歪ませる真中。
混濁する意識の中、重低音のローター音が微かに聞こえてきた。付近で灯りが焚かれる。リツカの呼んだ軍用輸送機がようやく到着したのだ。
「何だ……ったんだ……」
立ち上がることすらままならず、冷たい廊下に伏す真中を貪り喰らう吸血体たち。加えてまたも語りかける誰か。
「『命を運ぶって書いて運命、なんて今のあなたには皮肉たっぷりな言葉よね』」
「お前は……誰だ……」
「『自己紹介は済ませたはずでしょ? それより。わたしにとって都合の良い依代(よりしろ)なんだから、そんな簡単に事切れないで』」
「どうしろって……言う……」
「『ほんのすこーしだけ、力を引き出してあげる。ほら、天動真中という自我から緩やかに遠ざかっていくのを感じるでしょう? そうやって染みついた良心や道徳観、しがらみや愛着を、一つずつ順に棄てていくの。どう? 上手く人間辞められそう?』」
「俺に……何を……させる気だ」
「『あなたはわたしであって、わたしはあなた。この曖昧な境界を取り払ってそれでようやく〝わたし〟になる』」
「……がぁっ!!」
真中の瞳孔が開き、真紅に染まる。ほんのわずかな間、意識を飛ばす。目醒めると、その場から吸血体は肉一片も残さずいなくなっていた。
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