IT運用監視員の異世界保守日誌 〜月一の帰社日に絶命した俺、現場の知恵で吸血鬼のバグ(権能)を無効化する。エリートお嬢様、その結界は既に穴だらけですよ?〜
第027話:泣き叫ぶ女帝。ゴミ箱へのドラッグ&ドロップ
第027話:泣き叫ぶ女帝。ゴミ箱へのドラッグ&ドロップ
第027話:泣き叫ぶ女帝。ゴミ箱へのドラッグ&ドロップ
「い、嫌……嫌よ! 私の身体が、私の高貴な血が……こんな、こんな醜いものに混ざり合うなんて……っ! やめなさい、この無礼者! 止めて、止めなさいッ!!」
大書庫の空気に響き渡るのは、もはやかつての女帝の威厳を微塵も感じさせない、ただの錯乱した女の悲鳴だった。 吸血鬼真祖、呂后。東方の居城からわざわざこの辺境の砦までその「本体」を直接現出させていた彼女は、今、自らが放った「人豚への変異命令」の濁流にその身を焼かれていた。 美しいはずの指先は節くれ立ち、豪奢な十二単(じゅうにひとえ)の下で肉が泡を吹いて膨張し、まるで壊れた映像のように激しく明滅(フリッカー)を繰り返している。
「……お嬢様。終わらせます」
レインは魔導盤(コンソール)の前に立ち、冷徹にマウスカーソルを模した光のポインタを操作していた。 画面には、かつて「吸血鬼真祖・第六星」と定義されていた強固なオブジェクトが、今や読み取り不可能なエラー文字の羅列となって表示されている。
『Current_Status: Unknown_Object』
『Authority: None (Permissions_Revoked)』
『Attribute: Corrupted_Junk_Data』
「レイン、彼女はどうなってしまうの……? あれほど恐ろしい力を持っていた存在が、まるで……」
アリサが震える声で尋ねる。彼女の目には、呂后が「地獄の苦しみの中でもがいている」ように見えているのだろう。だが、エンジニアであるレインの目には、ただ「不整合なデータが削除を待っている」だけの状態に見えていた。
「お嬢様。今のあいつは、もう生命体ですらありません。……所有権も属性も失い、この砦のシステムが『何だか分からないゴミ』として認識しているだけの、ただのバグの塊です」
レインは冷たく言い放つと、魔導盤の画面上で、のたうち回る呂后の魔力反応を一つのアイコンとして「ロック」した。
「やめなさい……! 私は、私は第六星なのよ! 世界を私の色に染め上げる、唯一無二の……この世で最も高貴な支配者なのよ……ッ!」
「唯一無二? いいえ、今のあんたはただの『未定義データ(NULL)』だ。……名前も、身分も、居場所すらも、ここにはもう一文字も残っていない。……自分の汚染命令(コード)で自分を壊した時点で、あんたの存在証明(アイデンティティ)は完全に消失したんですよ」
レインの指が、魔導盤のタッチパネルをスライドさせる。 宙に浮かぶ呂后の本体が、まるで巨大な見えない手に掴まれたように、ぐにゃりと歪んで一箇所に凝縮された。 彼女がどれほど憎悪の言葉を吐こうとも、どれほど爪を立てて空間を掻き毟ろうとも、管理者の上位権限を行使するレインの指先には、もはや何の影響も及ぼさない。
「さようなら、呂后。……あんたのその歪んだ美学ごと、廃棄領域(ダスト・ボックス)へ送らせてもらいます。……アーカイブに保存する価値すら、今のあんたにはない」
レインは画面の隅に配置した、すべてを無に帰すための消去ディレクトリ――通称『ゴミ箱』へと、呂后のアイコンを『ドラッグ&ドロップ』した。
『Action: Move_to_Trash』 『Target: Empress_Lu_Realbody』 『Executing: Delete_Immediately (Force)』
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!! あ゛、ガ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
喉を掻き切るような、濁った絶叫。 大書庫を埋め尽くしていたドス黒い魔力の霧が、巨大な渦を巻いて「ゴミ箱」という名の論理的な虚無へと吸い込まれていく。 それは、物理的な死ではなく、存在定義の完全な抹消。 ここにやってきていた呂后の本体そのものが、魔力回路を逆流する削除命令によって、細胞の一つ、魔力の一滴に至るまでゼロ(無)で上書きされ、消し飛ばされていくプロセスだった。
刹那。 眩いばかりの純白の閃光が大書庫を包み込み、次の瞬間には、元の静寂が戻っていた。 後に残ったのは、床に散乱した古書のページと、嵐の後のような静まり返った空気だけ。
『Status: Threat_Removed_Permanently』
『System_Log: Sector_Cleanup_Success』
『Storage: Recovery_Complete』
『Notice: Target_Data_Completely_Erased(対象データの完全消去を確認)』
「消えた……。本当に、消えてしまったのね……」
アリサがその場に崩れ落ち、荒い呼吸を整える。彼女の持つ杖からは、もう不快な振動は伝わってこない。砦を包んでいたあの粘りつくような死の気配も、嘘のように霧散していた。
「消したんじゃない。砦というシステムから、有害なプロセスを完全に『排除』したんです。……ここに現れていた本体ごと根こそぎデリートしましたからね。この世のどこを探しても、もうあいつの欠片(データ)すら残っていませんよ。……文字通り、この世界から『消去(デリート)』されました」
レインは熱を持ち、微かに煙を上げている魔導盤のカバーをパチンと閉じ、ようやく深い息を吐いた。
「……さて。バグの根源を消去したら、次は汚れた床の掃除――つまり、変異させられた騎士たちの復旧作業だ。……おい、お嬢様。いつまで座り込んでるんですか。……残業はまだ、終わってませんよ」
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