二の間
あれから三日。彼女は現れていない。空はあの日の曇り。晴れた日に公園に行くのは初めてだったけどやはり彼女は居なかった。あれは妄想だ。そういう考えが頭の中を占めていく。
消えた彼女を知らない日常は今まで通り退屈に進んでいった。学校へと行き、家へと帰り自室で仰向けになり、本を少し読んでお風呂に入り寝る。その作業の繰り返しだ。公園にいた時は振り返らず帰るべきだったかも。という思いが浮かんだけど、僕は彼女のように退屈とはかけ離れた。それこそ、雨のような存在を求めていたのかもしれない。そう考えると、日常がまた退屈に感じた。やはり雨が嫌いな人は理解できない。
朝。外では雨が降っていた。日曜日の朝に雨。普通なら気分が落ちるとこだろうが、それは雨が好きではない人の話。
傘を片手にあの場所に急ぐ。妄想だと分かっている。
あれはただの夢で、彼女は最初から存在しない。
そう頭では理解しているけど、身体は考えを聞いてはくれない。
"雨はあの日より強かった"。
家から公園までは少し距離があり、疲れた僕は歩いて向かった。
公園の入り口に立つ。ここからはベンチは見えなかった。
あの時と同じようにベンチへと向かう。
雨に濡れた足は少し震えた。
頬に水が落ちた。手で水を拭き取ろうとした時。
「濡れてるよ」
声が聞こえた。覚えのある声。
彼女だ。今日はベンチには座っていなかった。
雨が弱まった。
彼女の手が頬に触れた。異様に冷たい。
「私に会えなくて泣いてたの?」
顔を左右に揺らし冗談めかして言う彼女はやはり濡れていない。
あの時と同じ制服に裸足。
「……ただの雨だよ」
同じ彼女を見て、消える前の気まずさが今になって思い出され、上手く返事ができなかった。
「やっぱり君はつまんないね」
彼女は何故か笑っていた。晴れ空のような笑顔だ。
「面白かったの?」
「なんでもないよ。さぁ、この前の続きをしよう」
そう言って僕の手を引く彼女。
この前の続きというのは彼女についての話の続きだろうか。未だ不思議な彼女について、僕は純粋に知りたかった。もちろん好奇心によるものだ。
後ろから手を引かれ付いていくと、風が彼女の香りを連れてきた。やはり花の香りがした。
彼女はあの日の事を細かく教えてくれた。彼女も急に消えた僕を夢だったと思っていたようだった。それからここに来ると必ず雨が降っていて、もとの場所に戻ると空は晴れている。確かに彼女が消えた時、ここでも雨が止んでいた。
「つまり、雨が降っている間にここに来てるということ?」
空を見た彼女は少しして僕の目を見る。
大きく頷いた。
「多分そうだと思う。……うん、絶対それだよ」
確信めいた彼女の声音になんだかおかしくなって頬を緩めてしまった。彼女は身を乗り出して、目を見開いた。「君笑うんだ、」と言う彼女に僕は「君は良く笑うね」と返した。笑わない僕と笑う彼女。相反する二つが存在している。雨と晴れと同じように同時に存在することは出来ないけど、笑って隣り合うことは出来た。不思議な感覚だった。
それから少し間ができて、ふと、彼女の名前を聞いていないことに気付いた。日常では人と話す時あまり名前を呼ばないようにしていた弊害だ。出来る限りの人と関わることを避けてきた人生で編み出したあまり感じの悪くない人の遠ざけ方。それが名前を呼ばないこと。これを使うようになってからは面白い程に人が僕の心の部屋に入ってきては直ぐに出ていった。それなのに彼女の名前は呼びたいと無意識に思ってしまった。これも彼女が不思議だからだろうか。今の僕には良く分からない。
雨が少し弱まった。
「……あのさ、名前聞いても良い? 少し不便だから」
言い慣れてない言葉だったが、存外容易だった。やはり不思議だ。
僕の言葉に彼女は目に見えて
「そんなに知りたいなら良いよ」
こちらに身体を向けた彼女は間を挟んで言った。
寒さのせいか少し頬が赤く見えた。
「□□。鈴木□□。結構普通でしょ。……笑ったら殴るからね」
目を細めて笑う彼女。
僕の耳が悪かったのか、雨音のせいなのか、鈴木の後が全く聞こえなかった。英語を聞かされた時みたいで、聞こえるけど言葉にしようとすると出来ないような感覚。
「下の名前が良く聞こえなかった。もう一回教えてくれない?」
彼女は眉根を寄せた。怒りの現れ。少しづつ彼女の仕草が分かってきた。
僕は深呼吸をして耳を澄ます。雨音に負けないように。
「鈴木□□だよ、しっかり聞いてくれますかね」
今度はかなり集中して聞いたのだが、どうしても名前の部分だけが聞こえない。これは僕に問題があるのか?それとも、やっぱり彼女の不思議に関係するものか。
「…ごめん、やっぱり聞こえない」
怒るかもしれないと思ったが、黙るのも逆効果と思い正直に告げる。彼女は予想通りの反応をした。
「もう良いよ! 君の名前先に教えて」
「え、ああ、柏木雫。」
言い終えると彼女は僕と同じような反応をしていた。いや、僕よりもかなり驚いてた。
「……柏木のあとなんて言った? ふざけてるの?」
彼女は眉根を寄せる仕草をした。
「雫って言ったんだけど……」
「え?……」
「え、」
彼女がふざけてる様子もなく、もちろん僕もいたって真面目だ。
「……もう一回言うよ……□□。聞こえた?」
静かに首を振る。彼女は黙って僕の方に手を向けた。「あなたもどうぞ」という意味だと少しして分かった。
「雫」
彼女もやはり僕と同じ反応。仕草の違いはあれど困惑という言葉が僕たちの頭に浮かんだ。
「……聞こえない」
雨音は遠かった。
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