day3.5 震える声、解けない呪縛。

翌日



泥のような眠りから覚めた俺を待っていたのは、凄まじい頭痛と、昨夜の47万円という現実だった。


(あの子、大丈夫だったか……?)


普通なら怒りが湧く場面かもしれない。

だが、俺の心にあるのは、自責の念だった。

あんなに楽しそうに飲み、最後には潰れてしまった彼女。

一緒に帰る約束をしていたのに、一人で店に残し、俺だけが先に帰宅してしまった。

その「置いてきた」という後ろめたさが、俺の判断を鈍らせていた。


心配になり、何度か連絡を飛ばすが、一向に既読がつかない。


(本当に大丈夫か?病院沙汰になってない?)


時間がすぎるほど、不安だけが増えていった。

ようやく連絡が来たのは、日が落ちた18時過ぎだった。


『今、家に帰ってきた……』


返信を見て、すぐさま電話をかけた。


「もしもし、大丈夫か?ずっと心配してたんだよ」


電話の向こうから聞こえるあいの声は、弱々しく、かすかに震えていた。


『.....家が、寒くて震えてる。ずっとお店で吐いてたの.....』


「ずっとお店で?今まで?」


『うん.....。ずっと寒いの.....』


昨夜、あんなに親密に楽しい時間を過ごした彼女の衰弱しきった声。


「本当に大丈夫?相当やばそうだけど、そっちに行こうか?」


俺の問いかけに、彼女は答えなかった。

ただ、どこか心ここにあらずといった様子で『寒い』『ずっと寒い』と繰り返すだけ。

こちらの心配を汲み取る余裕がないのか、それとも別の状態なのか。


(.....なんだ、これ?)


会話が成立しない不自然さに、得体の知れない違和感が込み上げる。

心配はしているし、助けてやりたいとも思っている。

だが、電話越しに響くその「寒がっている声」は、どこか現実味を欠いていて、説明はできないのに、背中がじっとりと冷えた。


「.....とりあえず、温かくして。ちゃんと寝るんだぞ」


そう告げて電話を切った。

心配が完全に消えたわけではなかったが、噛み合わないやり取りの違和感が、心の隅に小さな棘となって突き刺さった。


その「違和感」が、何に由来するものなのか。

その正体を、当時の俺はまだ知らなかった。



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